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2006年5月28日 (日)

HPに記事をアップ

HPの記事をアップしました。
http://www.yasuienv.net/

今回の話題は、環境研究の将来と、それを実施する際に必要になるであろう語学の話。

ブログの方は、このところ海外出張の余波を受けてずーっとサボっておりましたが、3週間分程度のアップをしました。

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コメント

失礼します。今回のHP記事においてA君が「日本の教科書に関する最大の問題は、未だに時代遅れな検定なる制度が動いていることでしょう。あれを止めてしまったとしても、大きな問題は無さそう。」と言っていることに少しだけ関連して?お聞きしたいのですが、最近、公正取引委員会から日本の新聞に対して“特殊指定見直し”の見解が出てきましたが、先生はこれに対し、どのようにお考えになられますか?私は、原則、自由価格OKで、例外的に地域的な事情を考慮した補助等を行えば、それで十分ではないかと考えるのですが。恐縮ですが、もしよろしければご意見をお教え願います。

投稿: 原口 大史 | 2006年5月29日 (月) 22時56分

語学学習に関しては多種多様な意見があることは承知していますが、それらの相違は最終目標をどこに設定するか、ということによっているように思います。
C先生のご意見が「俯瞰的な環境問題の解決、国際的な環境問題の解決」を目標とし、「地政学上の要素があって、、、、孤立した国に」ならないために、語学学習が重要で、そのためにはいろんな国の文字くらい読めたほうがいい、というのはわかるのですが、その目標とそのための対策が全ての子供や語学学習者に重要だとは思えません。

私見では「どんな言語でもかまわないが、一つの言語を完全に使えるようにならないと、高級な思考はできない」というのはそのとおりで、知り合いのバイリンガル達をみていても、早くから外国語を学ぶと母国語の能力が低下することは避けがたいのではないかと思います。また、その一方で、日本人のTOEFLの点が低い傾向なのも事実なのですが、では一般的な語学学習は何を目的とすべきなのでしょうか。
私が学校で聞いた語学学習の目的の一つは、ことばを通して他国の文化を学び、相互理解の助けとする、ということですが、その目的のためであれば、流暢な会話ができる能力は必ずしも必要なく、辞書があれば文章がよめる、というレベルの語学力で十分とも考えられます。何歳から語学を始めても、週1-2時間でも、ことばは文化と密接に関係しているので学習の過程でそのことばを話す文化のことを知ることになり、語学学習の目的は達成されることになります。

このように、目標が「まずひとつの言語をつかった思考能力を完成させる」という点にあればはやくから外国語を学ばなくてもいいと思うし、「他国の文化を学び、相互理解の助けとする」のであればこれまでの英語学習でも目的は達成されるとおもうのですが、「ベストな英語教育は、高校時代に耳と発音を鍛えることではないか」という意見にあらわれているような、英語の会話的な能力の上達を求める意見はなにを目標としてのことなのでしょうか。外国にはたまに旅行に行くくらいで、あとは都会でたまに外国人に道を訪ねられるくらいである一般的な日本人が、会話教育を早くから集中的に行ない、母国語の能力を少々犠牲にしても外国語を学ばねばならない理由は特にはないのではないか、と個人的にはおもったりしておりますが、如何でしょうか。

それから、「日本の英語は、目と手で学ぶ英語が中心だから。言語というものは、もともとは、音として学ぶもの。子どもが2歳ぐらいでなんとか話をするようになるが、目と手で学習した訳ではないことがその証拠。」というご認識は必ずしも適切でないと思います。子供が言語を習得する過程と、外国語として学ぶ課程は異なっていると理解されていると思います。語学学習者があかちゃんのように外国語を学ばねばならないのではないと思います。

投稿: しげみ | 2006年5月30日 (火) 14時48分

>しげみさま
 語学教育がご専門と拝察しました。
 当方の感覚的な話がご迷惑でしたら済みません。
 さて、語学力獲得の目標として何を考えているか、というご質問ですが、「英語とそれ以外」を区別して考えております。英語は、すでに国際言語としての地位をほぼ確立しており、向こう30年程度は、多分その地位に留まるのではないか、と思います。
 そこで、英語に対する目標は、他の言語とは異なり、「各人が『劣等感』を持たないで済む程度に、外国人とコミュニケーションができること」、が望ましいものと思われます。劣等感を持つかどうか、それは完全に個人的な事象ですので、あるレベルを目標だと決めるという問題ではないものと思います。
 そして、かなり高度のレベルになりたいと思う人なら、高校あたりで留学の機会を得るのがベストではないでしょうか、という意味です。
 それほど高度なレベルを狙うのではなく、「通常の日本人」であれば、大学の1、2年のときに、ちょっと(かなり??)努力する程度で良いものと思っております。
 音声として語学を学ぶべきだ、という感覚を持ったのは、何回かそんな経験があったからです。例えば、タイのAIT(大学)のタイ人以外の教授達に合ったとき、「タイ語はどのぐらいできるのか」、と聞いたところ、「タイ語は比較的簡単だ」、というので、「あんな妙な文字が簡単に読み書きできるとも思えないが、どのぐらい勉強したのだ」、と言ったら、返事は、「読めないし書けない」。
 インド人とかスリランカ人などでしたので、ひょっとすると、共通の単語があるかもしれないとは思いますが、「読めないし書けない。だけど話せる」という勉強法は、日本での英語学習ではやっていないな、と思った次第です。英語では無理・駄目だとしても、韓国語なら漢語起源の日本語との共通単語が多いので、文字に囚われない勉強法があるような気もします。

投稿: C先生 | 2006年5月31日 (水) 00時31分

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