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2006年10月30日 (月)

HP リスク報道を超えて をアップ

 先週末は、少々時間があったもので、久々に新たな課題に挑戦しました。死亡数と項目を挙げて、どの項目をもっとも取り除いて欲しいかを聞きたいと思います。

 是非、ご感想を。 http://www.yasuienv.net/

 昨日、第18回の化学物質円卓会議で司会をつとめた。学校教育が中心議題であった。こんな情報も、教育の現場で伝達すべきだと思うのだが、果たして可能だろうか。もちろん、このままでは無理で、それなりに変換して、受け入れやすくするには、どのような変更をすべきではないか。

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コメント

個人的には以下の5つですかね。
括弧内は死者数以外の選択理由です。

・飢餓(子供が死ぬ、苦しむ、暴動等の理由にもなりえる)
・がん(闘病に苦痛を伴う、健康寿命の低下をもたらす)
・心臓病ほか(同上)
・他殺(理不尽さを感じる)
・自然災害(死に至るまで苦痛を伴う可能性がそれなりにある)

なお、死者数は高くても特に問題を感じないのは、喫煙・肥満・アルコール・自殺などの自分がしっかりしていれば避けられる類のものです。

投稿: B-51 | 2006年10月30日 (月) 12時17分

回答させていただきます。

私個人としては「交通事故」です。
私自身に降りかかる可能性と受け入れ難さ(こんな事で死にたくない)の2点から考えました。
可能性だけなら「がん」、受け入れ難さだけなら「他殺」です。

社会的には「飢餓」、日本に限れば「自殺」です。
損失が大きいことと、社会の仕組みになんらかの欠陥があると思うからです。

投稿: mareo | 2006年10月31日 (火) 16時47分

私もお答えします!
(3)交通事故
こんなんで死にたくありません。ただ…誰かを救って命を落とすならば…(いつかの列車事故…)
でも、ただ単に巻き添えをくらうのはごめんです(汗)

(8)他殺
そこへ至るまでがとても怖いです。そんなに私を恨んでいたのかぁ~(泣、悲)ただしこの感情は無差別殺人等を除きますが。
でも犯人も何だか可哀想です。私のせいで殺人犯になってしまうのですから……気の毒です。


(10)原子炉の事故
これは広範囲、超長年にあたるため何としても避けたい問題です。

(18)HIV/エイズ
やはり自分だけでなく子供にも影響するのでイヤですね。

(19)飢餓
死に至るまでが恐ろしいです。自分も恐ろしいです。何をするかわかりません。食べる(生きる)ためなら何でもしてしまいしそうで…
ただ…どんなに苦しくても殺人だけは絶対しません。誓います。

こんなもんです!(^o^)/

投稿: かなりあ | 2006年11月 1日 (水) 02時35分

人の意見に難癖つけるようで申し訳ないのですが、ちょっと気になった点を指摘させてください。
もちろん、あくまで私個人の意見です。

>日本に限れば「自殺」です

一昔前のように、借金返済のために生命保険に入って自殺するとか言うことは今の社会ではまずありえませんよね。
そうなると、結局のところ正常な思考ができていれば自殺以外にとり得る手段は山とあるはずです。
まあ、メンタルケアの充実とか、過度の生活保護出し渋りとか、そういった社会的な問題点はあると思いますが、突き詰めるなら結局当人の弱さに起因すると思うのです。
実際に戦時下など、いつ死んでもおかしくないような状況では自殺者は明らかに減る傾向にあるようです。
将来への希望とか、自分の置かれている状況は明らかに悪いとしてもです。
#戦時下では攻撃性向が外に向くので自殺が減るという考え方もあるようですが
そういったことから考えても、自殺者の大多数は「甘え」から来ていると思っています。
こう言ってしまうと波紋を投げてしまいそうですが、誤解を恐れずに言うなら、淘汰の一種と考えても致し方ないかと思います。

以上のようなことから、個人的に自殺をするような人には同情を感じません。
ちなみに、正常な判断力が備わっていない小学生レベルの自殺は教育に問題があると思いますので、上記とはちょっと異なると思います。

>ただ…どんなに苦しくても殺人だけは絶対しません。誓います。

こう言い切れるのはすごいと思いますが、おそらく99%の人が極限状態なら殺人でも犯してしまうと思いますよ。
これはもう生物としての本能なので致し方ないと思います。

例えば、餓死寸前の状態で配給食糧が限られた量だけ運ばれてきたとします。
おとなしく並んでいたら、まず自分まで回ってこなさそうです。
家にも餓死寸前の子供がいます。
そんな状況で、列の後方にいる何人かが列を無視して食料を強奪し始めたとしましょう。
このような状況になったら、集団心理も働いてほとんどの人は正常な判断力は失われると思います。
あとは、もう暴動状態で、結局身を守るためにも戦わざるを得なくなるでしょう。

日本のような環境にいると想像しにくいと思いますが、赤紙で満州方面に派遣させられてかなりの苦労をした祖父の話を聞く限り、飢餓状態と言うのは本当に怖いもののようでした。
#かなり悲惨な経験だったようで、特に子供であった自分には、余り具体的なことは聞かせてくれませんでしたが…

投稿: B-51 | 2006年11月 1日 (水) 10時38分

B-51さん、本心は、波紋を投げてしまいたくないと思われているのでしょうが・・・

> こう言ってしまうと波紋を投げてしまいそうですが、誤解を恐れずに言うなら、淘汰の一種と考えても致し方ないかと思います。
> 以上のようなことから、個人的に自殺をするような人には同情を感じません。

 おとなの世界でもパワー・ハラスメントを受けて自殺する例があります。サド趣味なのか、何かの憂さ晴らしなのか、コンプレックスの裏返しなのか、大したほどもない権力をことさら大きく見せて他人をやりこめる。最近も出会ったばかりです。
 それに耐えられない人は死んで、無責任なビッグマウスの人間が生き残るのが人類の未来なのですか。

 周囲を見渡したら、人をいじめたことのない人はいなかったりして。そんな世の中になったら、ぼくも死にます。世の中、もうちょっとマシに出来ていると思いますが。

投稿: やながわ | 2006年11月 1日 (水) 11時34分

B-51氏の意見を汲んでいますが、人間を一生物として捉えるならば、やはり淘汰されたのでしょう。

自殺の理由は様々有ろうと思いますが、確実に共通していると思うのは「置かれている環境では生き延びられない」ということです。
置かれている環境を、家庭、学校、会社、地域、国家など、限られた枠の中でしか考えられないことは「正常な判断力が備わっていない」状態です。
パワハラを受けても、成績が悪くても、ニートが家出して無人島にたどり着いたとしても、それが原因で心臓が止まることは無いでしょう。
会社では淘汰されたけど人間として淘汰されたわけではないという「正常な判断」を下せずに自殺されてしまうのでしょうが、
進化の中で適応能力の無い生物が淘汰されていくのと同様、枠の中ではその枠に適応できなければ(自殺せざるを得ない環境を解決しなければ)、
生き残れないのです。

ビッグマウスの人間が生き残るのは、その会社の未来であって人類の未来ではありませんが、
社会的に黙認すれば、いずれ日本の未来となり人類の未来となるかもしれませんね。

投稿: Asoka | 2006年11月 1日 (水) 18時36分

やながわさんへ

Asokaさんが代弁してくださっている通りですが、すこしお返事を。

仰っておられるパワハラの件ですが、ならば会社を辞めれば良いだけのことですよね。
DVなら離婚すれば良いし、高校生以上でイジメニあってるなら転校/退学すれば良い。
正当な手段を講じても無理ならば、行政に助けを求める等といった対策もありますし、最悪外国に逃れることだって死ぬ気になればできないことでもないでしょう。

結局のところ、死ぬ気になれば打開策は99%あると思います。
それができずに自ら死を選ぶというのは、(病気でなければ)精神的に現代の環境に順応できない人であるということです。

まあ、落ちぶれて生きているくらいなら、いっそ死んでしまえという考え方もあるでしょうが、それは武士の切腹みたいなもので、本人の趣味ですから同情に値するとは思いません。

こういう考え方が反感を招くのは致し方ないとは思うのですが、人間も生物である以上、ある種の「淘汰」が発生するのは避けられないと思いますよ。
#実際ひとつ間違えると選民思想ですからね
むしろ、淘汰のまるっきり無い世界だと、人間と言う種全体が滅びる危険性があると思います。

もちろん、人が自殺に至るのをすべてのケースで放っておけとは言いません。
必要ならいつでもメンタルケアを受けられる環境とか、経済的な状況に行政が適切な援助をしてくれる環境など、手を差し伸べることは必要だと思いますし、小学生程度の子供は自分の意思でできる行動に限界がある&知識も少ないですから、大人がきちんと見てあげる必要はあるでしょう。
ただ、いくら手を差し伸べても、その手をつかむことすらできない人はもう救いようが無い=淘汰されても致し方ないということです。

投稿: B-51 | 2006年11月 1日 (水) 19時30分

B-51、Asoka両氏へ
誰も明確な答えなど出せないアンケートに協力した人間にとるべき態度とは思えませんな。
少し場をわきまえてくれませんか?
安井先生へ
アンケートへの回答を匿名で出来るようなシステムにしてくれませんか?
こういうやりとりは見ていて不愉快です。

投稿: 閲覧者 | 2006年11月 1日 (水) 23時16分

>いつでもメンタルケアを受けられる環境とか・・
といいながら
B51氏がなぜわざわざ自殺すつ人は弱いひとと強調したがるのか
わかりません。

今はそのメンタルケアを受けられる環境・・・
が不十分なのでは?


投稿: AXZ | 2006年11月 1日 (水) 23時26分

交通事故を取り除きたい!
だって、(通りを歩く等の)ヒトを巻き込む可能性が高いもの。
悪人殺しよりも、よっぽどタチが悪いね。
(電柱とかにぶち当たって運転手だけが亡くなるのだったら、まだマシですが。)

投稿: 原口 | 2006年11月 2日 (木) 00時01分

>閲覧者氏
私も場をわきまえた上で自分自身の考えを述べさせて頂きました。
この様な開かれた場では多様な意見が在って然るべきと思いませんか?
それを述べることが不遜な態度であるということは理解し難いですね。

折角なので、アンケートにもお答えしますと、「どれでもいい」です。

リスクが存在し続けているのは、それを超えるベネフィットが存在するから、もしくは克服できない・するに値しないリスクだからと思います。
最終的には、リスクを解消するためにどれだけのリスクを負えるか?を問われておられると思うのですが、
もしリスク解消の代償が全く無いのであれば、とりあえず自然災害の類は何のベネフィットも無いと思うので5・6・27。
ただし他についても何かの代償としてではなく、ベネフィット0(自動車は無いのに交通死亡事故がウン千件とか)ならば、どれも同列であると思います。
仮にリスクのみでベネフィットを考慮しないという条件であれば、死亡数しかモノサシになり得ないので、トップの飢餓ですか。

実は世界人口を考慮すると、環境的にはむしろ死亡数が多いほうが良いなんてこともあるかもしれません。

投稿: Asoka | 2006年11月 2日 (木) 03時04分

「自殺」関連、最後にひとこと。

 去年、親しくしていた人を鬱病による自殺で失いました。今もネット上で交流のある人の中に3人鬱病を抱えている人がいます。ぼくは鬱病ではないけれど、精神科の世話になったこともあります。

 鬱病の原因としては、環境やホルモンなどの身体的要因があげられていますが、「病」と名が付かなくても「自殺願望」は多くの人が持ったことがあるのではないでしょうか。その心の動きこそ、発達した前頭葉を持つ人類特有のものであり、これからも深遠な謎として残っていくことでしょう。

 立派な業績を残した芸術家・科学者の中にも自殺したり、鬱状態と戦って生きてきた人はたくさんいます。今年は生誕250年で話題になっているかので、引き合いに出してもまあいいかと思ってますが、モーツァルトも然りです。死ぬ3年くらい前から「暗い考え」が頭をもたげ、「レクイエム」の作曲を依頼されたときは自分のためのレクイエムと思い込み、未完のまま病死してしまいました。

 真に深みのある芸術作品には、人生への問いかけが秘められているものであり、能天気な人には創造できません。能天気な人にはそのような芸術は必要ないものです。

 モーツァルトの子孫は絶えてしまっているし、ベートーヴェンやゴッホは結婚しなかった。能天気な人は淘汰されたのさ、と片付けるのでしょうか。

 自殺願望にとりつかれている人に励ましやお説教は逆効果です。今朝の新聞にも出てしましたが、「命が大切だと何千何万回言われるより、「あなたが大切だ」とだれかが言ってくれたら、それだけで生きていける、そんなポスターを駅で見て、「涙が出るほど衝撃を受けた」という人がいたそうです。

 能天気もそれだけで価値がある場合もあるとは思いますが、悲痛な思いを抱えている人の前では加害者になることもあるのです。

投稿: やながわ | 2006年11月 2日 (木) 08時37分

このような議論を嫌っている方もおられるようですが、C先生からストップが掛からない限りはお答えいたします。
もし、ご迷惑なようでしたら一言お知らせください。>C先生

上でも書いたように、自殺について完全に自殺する側が100%悪いから放っておけとは思っていません。
現状でのメンタルケア等が不十分だというのももちろん分かっています。
ですから、ある程度は対策を講じる必要はあると思います。
※つまり「手を差し伸べる努力はすべき」
簡単に思いつくところとしては
・健保利用で大した出費無くカウンセリングを受けられる
・学校にはスクールカウンセラーを常駐(小規模校は巡回)する
・ネットや電話等での簡単な相談を無料で行う
・経済的な保護に関してもっと適切な運用を行う
・事業の失敗が個人の借金に繋がるような社会通念を変えてゆく
といったようなことでしょうか。
ただし、こういったことをやっても、自殺者を根絶することは不可能だと思います。
これ以上のことをやろうと思ったら、全国民を定期的にメンタルチェックして、危険な兆候があれば強制入院させるとかいった手段まで講じる必要があり、それは馬鹿馬鹿しいと言わざるを得ないでしょう。
※つまり「手を差し伸べても、自ら手を伸ばすこともしないなら諦める」

つまり、社会的に見れば、自殺対策の優先度は低く、予算その他をもっと他の部分に回した方が良いということです。
社会としての対処優先度としては、タバコや酒やドラッグをやめられない人に対するものと大差はないと思います。
過食による肥満から来る成人病なども同じです。

また、個人のできる対応と、社会としてできる対応はまったく別のものだということもご理解ください。
私だって、知人や親族が自殺しそうな状況なら、できうる限りの努力をして踏みとどまらせようと思います。
>「あなたが大切だ」とだれかが言ってくれたら…
ってのはこの「個人対個人」で採りうる方法であって、社会的にこんなことができるわけではないです。

以下、いくつか個別に反論します。

>B51氏がなぜわざわざ自殺すつ人は弱いひとと強調したがるのか
>わかりません
最終的には自助努力なくして解決しないし、その気がない人まで面倒を見るほど社会は甘くないということが言いたいのです。
「神は自ら助くるものを助く」という言葉と同じことです。
#別にキリスト教信者なわけではありませんが格言として引用しました

>去年、親しくしていた人を鬱病による自殺で失いました
お悔やみ申し上げます。
一応「お前なんかに分かるもんか」と言われないよう、書いておきますと、私自身は精神科のお世話になるような経験はありませんが、知人でうつ病や躁うつ病として通院している(いた)人は何人か居ますし、妻が義父の死後しばらく軽度のうつ状態でカウンセリングを受けたりした経験も持っています。

>「自殺願望」は多くの人が持ったことがあるのではないでしょうか
これはその通りですが、逆に多くの人が一度は考えても、大多数の人はそこから自分の力で(他人から手を貸してもらう場合もあるでしょうが)抜け出しているのもまた現実です。
こんなことは書きたくないのですが、私自身小学校5年生くらいから中学校まで、軽いいじめにあっていました。
当時は何度か自殺願望を抱いたこともあります。
ものを壊されたりしたときは、親に言い出せず遺書まがいのものを書いたこともあります。(しばらく机の引き出しにしまって置いた後捨てましたが)
まあ、それほど執拗って訳ではなかったので、何とか切り抜けられました。
ですから、自殺にいたる精神はある程度分かっているつもりです。

でも、客観的に今から当時の自分を振り返ると、そこにはやはり弱さがあったとおもいます。
当時は自分がいじめられているということを認めたくないのもあって、人には相談できませんでしたが、それを認めて改善する努力を採る勇気があれば状況は変わっていたと思います。
袋小路に陥ってしまっているのは、自分の弱さが原因でもあることを知れば解決の道も開けると思うのです。

ちなみに今でも認めたくない思いは強く、妻にも親にもこれは語っていません。
ネットで匿名だからこそ書けるって感じですが、誓って嘘ではありません。
#芸能人とかTVで平気で「実は昔いじめられてて」といえる人って本当にいじめられていたの?と思います

>立派な業績を残した芸術家・科学者の中にも自殺したり
自殺にいたる人の特徴として
・繊細な感性を持っている
・他人の言動や評価に敏感
・自分を客観視できない
・プライドが高い(ゆえに這いつくばって生きるより崇高な死を望む)
・生きている理由を求める
といったものがあると思います。
芸術家にはこういった傾向の人が多いですよね。
近代以降の科学者には少ない(それ以前だと宗教や哲学とまず絡んできますので)と思いますが…
自殺した科学者ってそんなに多いですかね?(ぱっと思いつくのはボルツマンくらい)

ちなみに、最初と最後以外の性向はできるなら正した(もしくは軽減した)ほうが良いと思いますし、それができれば自殺には至らないと思います。
最後のは永遠の課題ですが、まあ生物学的には生きていることそのものに意味があると考えておけば(人間だけ特別の生き物だと思わない)良いのではないかと。

社会としての責任は、こういったことを教えることだと思います。
それでもダメならばもうお手上げであって、後は本人や本人の周囲の人に任せるしかないでしょう。
故に、「教育の改革は必要」「手を差し伸べる程度の対処は必要」「でも根本解決(は不可能なので)に労力を裂くのは無駄」という結論に達するわけです。

以上、長文失礼しました。

投稿: b-51 | 2006年11月 2日 (木) 14時13分

では私もこの件に関しては最後とさせて頂きますが、
「弱者は淘汰されるべき=弱者にコストを掛けるべきではない」という意見ではありません。

「現在以上のコストを掛けて自殺者を生み出すリスクを減らす必要があるか?」
「自殺者一人を救うのに割当てるコストはどの程度が適当か?」

ポスターという低コストで救えるのであれば、このような問いは無用です。
しかしポスター作成のコストが1兆円としたら、日本全体で自殺者が何人発生していれば、そのポスターを作成するのが妥当と考えますか?

その基準が各個人で差があるのでアンケートされていると思うのですが、そこで私のような人間は「そんなに掛けても大した意味が無いのでは?」と考えます。
例えば、私一人が身内を支えるだけであれば大したコストではありませんが、
国家全体でカウンセラー設置だ診療費負担0だということになれば、そんなにコストを掛ける必要はないと思うわけです。

理想は「自殺のリスクはいくらでも下げることができるし、自殺のリスクはできるだけ下げるのが正しい」のかもしれませんが、
人の命は地球より重いとは言っても、現実的にはリスクとコストをトレードする必要がありますので、
このような意見の食い違いも決して無意味ではないと思います。

先生としてはその上で定義や基準を共有しよう・・・ということなのだと解釈しております。

投稿: Asoka | 2006年11月 2日 (木) 14時14分

「自殺関連」、皆様の書かれたこと、よく読みました(思ったほど差はない?)。落ち着いた雰囲気で意見の発表をされてよかったと思っています。

ちょっと情報だけ付け加えさせてください。

> 借金返済のために生命保険に入って自殺する
そういう動機がわかると保険会社は支払いをしません。

> 自殺した科学者ってそんなに多いですかね?
計算機の基礎理論を築いたアラン・チューリングとか、ラジオから携帯まで受信機には不可欠のスーパー・へテロダイン方式を考案したアームストロングとか、が身近なところでしょうか。いずれもボルツマンよりずっと後の人です。
 また、身近とはいえないかも知れないけれど、フェルマーの定理の証明に大きく貢献した志村ー谷山予想というのがあり、この谷山氏が終戦後間もない頃、若くして自ら命を絶っています。
 それから、医者でも精神科医は自殺率が高いとか・・・

投稿: やながわ | 2006年11月 2日 (木) 17時31分

自殺に関してですが、日本国内での自殺に関して言えば、1990年代の終わりから2000年にかけて、年間2万人から3万人に急増し、その後そのままの状態が続いています。http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/tokusyu/suicide04/2.html
短期間に急増した、という状況は、自殺する人の個人としての弱さ、などだけでは説明できないと一般には理解されるでしょう。
今、日本で国としても自殺対策に力を入れているのはそのためです。

投稿: しげみ | 2006年11月 2日 (木) 20時07分

半端な科学通に福祉をまかせてはいけない
ってことだけははよくわかった。
弱者は淘汰で放置だろうからね。
現状の日本がまさにこれかな。

>> 借金返済のために生命保険に入って自殺する
>そういう動機がわかると保険会社は支払いをしません。
最近ニュースにもなったサラ金から金を借りて
自殺ってのは保険をかけて自殺と同じようなものです。

投稿: AXZ | 2006年11月 4日 (土) 16時19分

話は変わりますが
専門家のみなさんは現状でじゅうぶん自分達は
環境リスクや健康リスクといったことに関して
情報を出してきたとお考えなのでしょうか?
出してるのになぜ一般には理解されないのか?
と思ってるのか自分達の情報発信が不十分だと思ってるのか
どちらでしょう?

これまでメディアまかせで情報さえ置いておけば
それをメディアが理解し正しく伝えてくれると
考えていたということでしょうか?

投稿: AXZ | 2006年11月 4日 (土) 16時31分

問題をむずかしくしてしまってすみませんが....
「原子力関係の事故」、「注1」を定義として明示すればこう論じてもよいのだと思いますが、結果だけ取り出して「リスクは飢餓より10桁小さい」と読まれると困ると思います。
世界の飢餓と比べるなら、世界の原子力関係の事故を、チェルノブイリなども実績に含めて、評価すべきでしょう。分母をどうするかも問題ですが、原子力施設をもつ国の人口でしょうか。もちろんリスクは飢餓より桁が落ちますが、この表ほどの違いではなくなると思います。
また、日本に住む個人にとってのリスクを考えるうえでは日本での事故だけに注目すればよいのでしょうが、日本の政策を考えるうえでは、日本での原子力利用に伴って外国にあるウラン鉱山や精錬所などで生じうるリスクも計算に入れるべきでしょう。ウラン鉱山労働者の日常的被曝は事故というカテゴリーにすると除外されてしまうでしょうが、労働者や周辺住民が突発的に粉塵を吸い込んだり、残土が流出したりすることは、原子力発電関連の事故というべきでしょう。

投稿: macroscope | 2006年11月 4日 (土) 18時32分

>>いつでもメンタルケアを受けられる環境とか・・
>といいながら
>B51氏がなぜわざわざ自殺すつ人は弱いひとと強調したがるのか
>わかりません。

この疑問がわかりません
「弱者だから、メンタルケアを受けられる環境を用意しなければならない」
って事でしょう?
弱者じゃなきゃ極端な話優遇する必要はないわけで。
あくまで極端な話ですが。

投稿: A | 2006年11月 6日 (月) 09時48分

>> 借金返済のために生命保険に入って自殺する
>そういう動機がわかると保険会社は支払いをしません。

まあ、ドラマの中とかでしか知らないので、実際にそういうことがあったのかどうかは分かりませんが、一昔前(昭和の時代)にはよく聞く話ではありましたよね。
事実かどうかよりも、そういった「半強制的な不本意な自殺」の例を挙げたに過ぎませんので。

>> 自殺した科学者ってそんなに多いですかね?
>計算機の基礎理論を築いたアラン・チューリングとか…

確かに、けして少なくはなさそうですが、一般人の割合よりも有意に高いという感じは受けないのですが…
芸術家に関しては、直感的に一般人より有意に高いような感じはしますが。
まあ、正確な統計とかのデータは持ち合わせていないので、否定はしません。
こちらも、科学者に多いかどうかは瑣末事ですので、主題に関しては前回書いたとおりです。

>半端な科学通に福祉をまかせてはいけない
>ってことだけははよくわかった。

そうは仰いますが、マクロな視点で物が見れないと、社会的な問題に対する議論はできませんよ。
C先生も、良く「人命の価値は有限だ」と仰っているように、リスクマネージメントを考えるには、マクロな視点で見る=人命もひとつの数字として解釈することが必要です。
たとえは悪いですが、戦争で戦略レベルの指揮をする人は、兵隊を個人の集合として見ていては指揮ができません。
「一山いくらの野菜のように扱う」などと揶揄されて、良く批判材料にされますが、実際にはそのように考えないと解決策など見つからない問題は沢山あるのです。

投稿: B-51 | 2006年11月 6日 (月) 15時52分

話を変えまして、新しい記事に対して少し意見を。


>C先生:むしろ問題にしたいのは、日本国民がメディアのお陰で身につけてしまった納税忌避的な考え方だ。

確かに、昨今のメディアの論調は過剰に政府批判をしているように思えます。
が、日本の公的機関が明らかに無駄金をかなりの金額で使っているのも事実でしょう。
諸外国と比べてどうなのかは分かりませんが、少なくとも今より無駄を減らすことは充分可能だと思います。

>個人レベルで色々と考えて対策をすることも不可能だとは思えない。外貨で貯金をしておく、金地金を買い込んでおく、自給自足のために農地を準備しておく、といった方法論が有効なのかもしれない。

今の生活で手一杯の若年層にとってはこういった個人的防衛策は採りにくいですよね。
金やら外貨に回せるほどの余裕が無い家庭は少なくないでしょうし、ましてや将来必要になるかどうかも分からない農地を用意する(当然維持費もかかりますし)のはかなりの負担です。
まあ、子供が独立した後くらいの、熟年層には充分可能かもしれませんが、働き盛りの若年層が総崩れでは余計に国力衰退を招きます。

まあ、だからと言って公的な保障を準備しておけとかは思いません。
むしろ、年齢傾斜で不要になってからリッチになる今の慣習を変えてゆくのが先決かと思います。

投稿: B-51 | 2006年11月 6日 (月) 16時40分

すみません、↑は11/5の記事にコメントすべき内容でした。
11月分のBLOG記事に気づかず、変なところにコメント入れてしまいました。

投稿: B-51 | 2006年11月 6日 (月) 17時03分

C先生の意図は了解するのですが、「どんな原因で死にたくないですか。次ぎの中から、5件を選択して下さい。」という問題設定の選択肢に「がん」などというのがあるのはかなり違和感を感じます。勿論、発癌の原因として環境因子などはあり、たばこなど明らかに回避可能なリスクによるものもありますし、国民の食生活の変化に伴って国民の臓器別の癌の頻度が変化することを考えると生活全般に含まれるリスクの結果として癌死が想定される、という風にもかんがえられます。
 しかし、その一方で、原因の特定できない癌の多くは高齢で発症し、いわば老化現象のひとつである、という側面をもっています。この「リスク」は回避不能であり、その意味では、癌で死にたくない、というのは、年をとりたくない、といっているのに等しい側面を持っていると思います。そういうのを選択肢としてあげるのは、例えば「どんな交通手段が最も優れていますか?1、飛行機、2、自動車、3、どこでもドア」みたいな状況に近いのではないかという印象を、個人的には持ってしまいます。

リスクを理解するためにはそれぞれのリスクについて適正に評価し、さらに、理解を容易にするために例えば癌による死亡のリスクと比較した場合に、どのくらいの違いがあるのかを示す、というのはよい方法だと思いますが、「どんな原因で死にたくないですか。」というのは場合によっては不適切なような印象を持ちました。では対案があるかというと、すぐにはでてこないのですが、、、。

投稿: しげみ | 2006年11月 6日 (月) 17時58分

macroscopeさん

>世界の原子力関係の事故を、チェルノブイリなども実績に含めて、評価すべきでしょう。

昨年の記事ですがチェルノブイリの死者数は4000人程度だそうです。
http://www.yasuienv.net/ProjectionRisk.htm

ウラン鉱山の健康被害については詳しくありませんが、インドで事例があったように記憶しています

ただ、こうしたことから原子力のリスクの修正が必要というのであれば、実際の被害の状況をモノサシに乗せなければ議論ができないと思います。~の可能性がある、というモノ言いではいわゆる「反対派(何につけ)」の議論になってしまうことに注意したいですね。


投稿: きかい屋 | 2006年11月 6日 (月) 22時37分

B-51氏は自殺の問題は社会問題としてはささいなことだ。
ようはあなたはこういう主張ですかね?
それはそれであなたの考えなのでどうもでいいですが
であれば死ぬ人が弱いとか関係ないことですよね。
今中西先生のところにある船事故の話で言えば
事故は船の船長がヘタだから。
それがあなたの意見ということですよね。

投稿: ATX | 2006年11月 7日 (火) 19時52分

ATXじゃないAXT。同じ人ですので。
そもそも人のどの死亡原因をもっとも取り除いて欲しいかに
難癖をつける態度が問題。
意見するのは自由といえばなんでも
言えばいいってもんじゃないでしょう。
そもそもなんのアンケートかがわかりにくいのも問題か。

投稿: AXT | 2006年11月 7日 (火) 20時14分

AXZね。
ハンドルに意味はありませんのでただの判別の記号です。
ここを汚してしません。削除してもらってかいません。

投稿: またミス。AXZ | 2006年11月 7日 (火) 20時16分

>難癖をつける態度が問題。

これが問題でしょうね。
手に入れたいものが全て手に入る世界なら問題にならないけれど。

投稿: z | 2006年11月 8日 (水) 12時29分

理想は難癖をつけないでいられること、だが現実は?
理想論を忘れると痛い目にあいますが。

投稿: z | 2006年11月 8日 (水) 12時39分

>であれば死ぬ人が弱いとか関係ないことですよね。

例え、死亡者数が少なくても、とても悲惨であったり理不尽であったりな死因は社会的にも解決の優先度を上げるべきだと思います。
他殺(得に強盗致死みたいなものとか)や餓死はそういう意味で優先度が高いといえるでしょう。

自殺もある意味では悲惨であるのですが、ある程度の対策まで採ってあれば、後は本人に原因の大半がある以上(それ以上の対策は)優先度はかなり下がるということです。
これが最終的には「本人の弱さに起因する」と言っていることです。
端的に言うと、そこまで弱い人はもう救いようが無いということです。
「39度を越すような熱が数日続いているのに病院に行かない」とかいうのと同じようなレベルだと思います。
現代日本の状況では8割方の自殺はこれに近いものがあると思います。

例えば、上の方で例として挙げられていたゴッホなんかは救いようが無いでしょう。
#幼少期の環境云々まで言い出すときりがないのでそういった部分は考えません
元々職もあったし、画家にこだわらなければそれほど生活に困ることも無かったようです。
さらに、心を病んでからは一応病院にも入院しているわけで、当時としては充分な対応を受けていたのでしょうし。

これがもし、
「元々職にも就けないような状況で仕方なく唯一の特技と言うことで画家を目指すが失敗。心を病んでも誰も気にかけてくれず自殺。」
とかいう状況なら、社会的に改善の余地ありだと思いますよ。

なお、ゴッホは自殺ではなかったという説もあるようですが、ここでは自殺だったとして話しています。

最後に現状の日本で起こり得るような内容で、社会的にもっと対処が必要だと思えるような例を挙げておきます。
・失業し生活保護を受けようとしたが、役所に申請拒否され生活苦から自殺
・痴呆症の親の介護のために家庭が崩壊し、公的な援助も充分受けられず、精神的に不安定になって突発的に自殺
・家族が残虐な事件を起しマスコミに実名報道されたため、普通に外を歩くこともできなくなり、罪の意識から自殺
・自分の過失から子供が事故死してしまい、悲嘆にくれて後追い自殺 

投稿: B-51 | 2006年11月 8日 (水) 17時31分

B-51さんが挙げられた自殺の例は,
現代の日本社会の特質を表しているようで,
とても納得できます.

ただ,この掲示板の話題としては
少し発散気味のような気がします.

例えば,自殺はヒトという種における淘汰の過程だ
というような側面に焦点を絞らない限りは,
という意味です.

そして
自殺を企てるようなヒトをそうさせないようにすることも
人類の選択であり,そのこともまた議論に値しますが,
「環境問題」からは議論がますます発散していくでしょう.


投稿: matei | 2006年11月 8日 (水) 22時42分

>ただ,この掲示板の話題としては
>少し発散気味のような気がします.

確かに仰るとおりですね。
この辺で私も終わりにしておきます。

本題とは外れた議論のトリガーを引いてしまいすみませんでした。

投稿: b-51 | 2006年11月 9日 (木) 12時41分

天災でも他殺でも交通事故でも病気でも、どの死因でも相対的弱者が死ぬだけの話です(阪神の震災でも老人の死亡率が高い)。ロジックとしては大気汚染と同じで、大気汚染も相対的弱者が喘息等で死ぬだけですが、これが大気汚染の程度が低くて1億人に100人くらいなら問題にならなくても、汚染が悪化して100万人になれば問題になりますね。問題なのは自殺を誘引するような社会的状況がどの程度かということで、「弱さ」に起因するかどうかではありません。
弱さに起因するとかのB-51氏の指摘自体が無意味なのですね。
そして実際に現代日本社会において自殺者が3万人近くおり、それが性別年齢に関係なく均一ならともかく、中年男性に集中していると言うような現状では、その受け止め方は個人差があるとはいえ、是正すべき社会的歪みであるとの認識が一般的でしょう。
さらに言うなら、満員電車とか派遣労働とか成果主義による過度の競争とかサービス残業とかによる経済効果と労働環境の悪化のトレードオフの問題と言うべきで、メンタルケアの充実の問題とか捉えるのも的外れでしょうな。

投稿: twin | 2006年11月17日 (金) 15時29分

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