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2007年6月17日 (日)

6月17日:HP更新しました。リスクテーブルが再登場。

 リスクを理解してもらうのは、極めて難しい。しかも、定量的に理解して貰わないと、何が正しい環境対応であるのか、その議論ができない。今回、増幅係数なる概念を導入して、心理的なリスクにも対応できるように、という提案。
http://www.yasuienv.net/

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コメント

栄養と料理なる雑誌の最新号(07年7月号)に
「世界てくてく「食」の解体新書 イギリス BSE問題と健康リスク ◎佐々木敏」
という記事がありました。
レシピ目的に家族が購入したのですが、リスクレベルの話がやんわりと載っています。
http://www.eiyo21.com/eiyou/index.html

投稿: cipfur | 2007年6月18日 (月) 12時48分

メディアの側からすると微妙な問題だというのはわかる気もします。
BSEなんかも、もし「リスクは微細なものだから」と言ってメディアがまったく取り上げなかったとしたら、肉骨粉なんかもそのまま使われてイギリス並みに被害者が出るまで進展していた可能性も否定は出来ないでしょう。

まあ、イギリス並みの状況になったとしても、国民全体から見たリスクはすごく低いことに変わりは無い訳ですが、(早めの)対策を採っていれば出なかった被害者が出てしまうというのは、感情的にリスク倍率では表しきれないものがあるのも事実ですしね。

理想としては、メディアはこういった「速報性による防止効果」「感情的な正義の行使」と、「数値による実際のリスク」を合わせて報道するのが良いとは思います。
この辺は、過剰な競争原理が無ければ何とかなるんじゃないかと思うんですけどね。

投稿: B-51 | 2007年6月18日 (月) 14時56分

メディアの報道もリソースであり、BSE報道はリソースの無駄遣い
であり、非難すべきだという事でしょう。

可能性も否定できないとは言いますが、
その可能性の絶対値を論じなければ、
詭弁に過ぎないのではありませんか?
その可能性が、極めて小さいから無駄であったと、
先生は主張されているのだと思います。

>感情的にリスク倍率では表しきれない
その感情を増幅係数で表そうというのが、
今回の記事の一つの主眼では?
感情的に嫌だという部分を、例えば1億倍として見積もれば、
今回のBSE報道も理解できます。
でも、一億倍ってさすがにおかしいな、と感じる。
せいぜい100倍がいい所だろうと。
するとBSE報道のおかしさも理解できる。

そのように、リスクテーブルや増幅係数を提起することで、
自分でリスクについて考える機会を得る。
結果、冷静にリスクを判断することができる。
こういったことを、出来れば一般市民が、
最低でも科学記者はすべきであるってことではないですか?

メディア(特にTVや新聞)については、
むしろもっと競争原理を働かせるべきだと感じます。
我先に、BSEなどに群がる状態というのは、
あれは競争ではなく、報道の質が悪いだけではないですか?
競争が無いために、質が落ちているんですよ、多分。

投稿: matu | 2007年6月19日 (火) 09時14分

いや、C先生が言わんとしていることは理解できますし、ある意味では正しいと思っていますよ。

でも、「BSEという問題が発生していて」「国民全体としてのリスクは非常に小さいが」「放置すると悲惨な被害者が出る危険性がある」といった感じの報道ならあってもいいと思うんです。
単純にリスクが小さいものは報道する価値も無いとしてしまうと、薬害エイズだってSARSだって鳥インフルだってタミフルだって報道されないことになってしまいます。

まあ、そこで「リスク倍率」なのでしょうが、「一億倍ってさすがにおかしいな」ということで、そうなるとやっぱりリスク倍率だけでは表しきれないのではないかということです。
#1億倍とかいったオーダーの倍率を日常的に使うのならリスク判定自体が無いに等しいわけですから

過当競争だと言ったのは、リスクの部分を意図的に隠して、不安をあおるような報道になってしまうところがあるからです。
視聴率をとるには「センセーショナル」な内容であるほうが効果的です。
「放置しても大半の人には無関係なんですけどね」って感じの報道よりは悲惨さを前面に押し出して、必要以上に深刻な問題であるように報道した方が視聴率はとれるでしょう。
民放が、報道番組であってもこういった傾向になってしまうのは、必要以上に視聴率を意識しているからだと思いますよ。
#もちろん、ある程度正確なリスク判定ができないという面もあるでしょうが

新聞やNHKならこういった問題は軽減されるでしょうが、それでも「記事のインパクト」は各記者にとって重要なファクターなのでしょうからね。

まあ、結局は最終的に各人のメディアリテラシーに行き着いてしまうのかもしれませんけどね…

投稿: b-51 | 2007年6月19日 (火) 13時13分

「国民全体としてのリスクは非常に小さいが」

「放置すると悲惨な被害者が出る危険性がある」

が繋がらないと思うんですけど。危険性もリスクも意味は一緒ですよ。

「国民全体のリスクは非常に小さい(ほぼ0)」から
「悲惨な被害者が出る危険性も小さい(ほぼ0)」なんですよ。
なぜなら、「BSEの問題は既に対策が取られているから」

報道するなとは言いませんが、報道の必要はないし、
リソースの無駄遣いであり、害悪にしかならないってことだと思います。

>単純にリスクが小さいものは報道する価値も無いとしてしまうと、薬害エイズだってSARSだって鳥インフルだってタミフルだって報道されないことになってしまいます。

これこそ、リスクメータの出番ではないでしょうか。
それぞれ、リスクのオーダがまったく違いますよね。
被害者は多いが、既に対策が取られている薬害エイズ
異常行動との因果関係が認められていないタミフル
近年多数の感染者を出し、流行の懸念が払拭されていないSARS
直近での感染者が存在し、突然変異による流行の懸念がある鳥インフル

薬害エイズは、同様の事例が起きないよう、
批判を行うことには、まぁ、意味を認めますが
(B君曰く、今は、行政自身が細かい規制をやろうとしている、
 という理解が無いようだ。ですが)
それ自体の危険性を報道する意味はもはやまったくありません。

リスクを鑑みれば、タミフルの報道は明らかに過剰であり、
鳥インフルや普通のインフルへの対策の障害にすべきでない
と判断する事ができます。

報道するなとは言っていません。
これらを一緒にせず、区別しろという事ではないですか。

報道についてはあまり詳しくはありませんが、
よく、センセーショナルさで競っていることを
批判される言説を目にします。しかし、私はそうは思いません。
あれは、全体が「センセーショナルな報道」になった結果、
すべてのメディアが同質的になっているのだと思います。

少数の企業が、同質的な物を同じような値段で販売する事で、
利益を分け合う事をカルテル(寡占)と言います。
現在のメディアはまさにその状態だと思われます。
競争原理が働かないために、番組の質が上がっていかないのです。

「速報性」「正確さ」「わかりやすさ」といった質を上げる努力を怠る、
と言うより、上げる必要がなくなっている状態では無いでしょうか?

投稿: matu | 2007年6月19日 (火) 14時49分

BSEを例に出したのは、今現在の状況での話ではなく、BSEが問題として浮上しだした頃の話です。
あの時点で、「ほっといても患者数は微々たる物だから影響は軽微」として、報道すらされなかったら、肉骨粉使用も中止されなかったかもしれませんよね。
そのような状態が続いて、イギリスなみの患者数が出た場合、世論が納得するとは思えません。

薬害エイズだって、患者数はBSEに比較すれば圧倒的に多いですが、全国民からすれば微々たる物でしょう。
また、ifの話をさせてもらうと、薬害エイズの問題が数年早く発覚して報道されていたら、それは好ましいことだったのではないでしょうか。

結局のところ、「報道すらする価値が無い」とした場合、国民は「知る機会」すら提供されないわけです。
それはどうかと疑問を呈しているわけですよ。

こういった問題は、暴露まで含めた正確(だろうと思われる)なリスクの大きさを含めて報道し、後は受け取る視聴者/読者が自分で「リスク倍率」をつけた上でどうするかを考えれば良いんじゃないでしょうか?

実際問題として、事実+リスク評価をさらっと報道する程度なら、TVで5分程度のものでしょう。
それすら無駄だというほどのものでしょうか?
もちろん、他にもっとリスクの大きな話題があるなら、そちらが優先されるべきだというのは同意しますが。

>報道するなとは言っていません。
>これらを一緒にせず、区別しろという事ではないですか。

ということなら、別に異論はありませんよ。
まあ、C先生のご意見も「報道自体が無駄だ」といっているわけではないのかもしれませんが、そのようにも取れるような記事だったので。

あと、メディアサイドの視点としては、「報道することによってリスクが軽減できる可能性」も重要かもしれませんね。

>現在のメディアはまさにその状態(カルテル)だと思われます

カルテルは、共謀して意図的に競争を回避することです。
現状は、そういうものではなく、過当競争による結果だと思いますけどね。
物販でも値下げが行き着くところまで言ってしまったら、後は赤字で無いと値下げできなくなるので、その辺りで価格は横並びになるでしょう。
それと同じで、各社が話題性を競うあまり、ほぼ限界点に達してみな横並びになっているように思います。
まあ、あくまで想像でしかありませんが。

投稿: b-51 | 2007年6月19日 (火) 19時33分

>BSEを例に出したのは、今現在の状況での話ではなく、BSEが問題として浮上しだした頃の話
あの時点と現在では、リスクの大きさが違いますね。
私も、あの頃の報道や、初期の薬害エイズの報道を、
無駄だと主張しているわけではありません。
なぜなら、初期のBSEや薬害エイズは、リスクが微細ではなかった、
若しくはそう、見積もられていたからですね。

>国民は「知る機会」すら提供されない
その「知る機会」は有限であり、
多くの国民にとってそれほど多いわけでもありません。
その機会を、無価値な情報で埋めることは有害だと主張しています。

>「報道することによってリスクが軽減できる可能性」
これも、リスクが既に非常に小さいものに対しては無意味です。

C先生の記事は、報道において、リスクの大きさを見積もる
必要性を説いたものだと思います。

それに対してB-51さんの主張は、
「リスクが微細なもの」を報道しないことで、結果として、被害が出る可能性がある。
ですね?
しかし、リスク=被害が出る可能性、な訳です。
例えば、BSEのリスクはほぼ0です。
報道しない事で、被害が出る可能性もほぼ0です。
なにやら、論理矛盾が生じていませんか?

繰り返しますが、リスクが微細でないものを報道するな、
と主張しているわけではありません。

>過当競争の結果
まぁ、見かたの違いでしょうね。
結果として、番組の質が上がったり、価格が下がったり、
どっか一社くらい潰れたりしたのなら、競争と呼んでやってもいいのですが(笑)

とはいえ、そもそも、特殊指定や免許制等の障壁に守られた
寡占市場のため、競争の必要が無い状態なんですよね。
結果として、質が落ちているように感じますがいかがでしょうか。

投稿: matu | 2007年6月19日 (火) 22時25分

>しかし、リスク=被害が出る可能性、な訳です。

将来における被害の大きさがどの程度性格に予想できるかですよね。
それがかなりの精度を持っているのならば、リスクに「将来的に被害が拡大する可能性」を加味して、その上でリスクが小さいものは報道しないという方向ならば良いのかもしれません。

でも、現実には将来どうなるかなんて専門家の予想でもさっぱりですよね。
解らないなら、そこを予想するしかないわけですし、その辺は最終的に記者やデスクの印象で決まってしまうのは仕方ないのではないでしょうか。(まあ専門家の意見を聞くくらいはした方が良いとは思いますが)
その予想が妥当かどうかは後にならないと解りません。

もちろん、私も「現状で」わざわざBSEやダイオキシンを取り上げて騒いでいるような報道には反対ですよ。
私が切り捨てるのはどうかと言っているのは「将来的な展望がまだ未知数であるようなリスク」についてです。

あと、ここでは「リスク報道」のみを取り上げていますが、実際の報道では純粋な「リスク報道」であることは稀だと思います。
薬害エイズは事件性が含まれていたことが自明ですし、BSEでも昨今の対米規制がらみは米側の不誠実な態度(つまり外交/経済問題)とかがメインですよね。
そういった部分まで考えると、余り単純化した議論は意味がないのではないかと言う気もしてきます。

>過当競争

確かにTV番組は報道に限らず全般的に質が低下しているような気はします。
それを「競争を避けて安定志向に走っているため」と考えるか「スポンサーの顔色を気にしすぎて冒険が出来ない」と考えるかは取り方の違いだけなのかもしれませんね。

まあ、結果的に競争と言うリスクを避けているのは確かでしょうね。
それが、matuさんの仰るようにカルテル的馴れ合いによるものなのか、私の言うようにリスクによる転落を恐れる余りなのかは解りませんが。

ただ、将来的にネットによるVODなんかがもっと浸透してくれば、参入障壁はかなり低くなるので、そうなってくると事情も変わってくるでしょうね。
既に雑誌はネットと競争をすることによって変わってきていますので、近い将来には、新聞もTVもそうなってくるでしょう。

投稿: B-51 | 2007年6月20日 (水) 13時53分

本文中で引用されているメールなどを見ると、一番必要なのは、「水と安全はタダではない」という認識、すなわち、ある安全を高めれば、その分、別の何かが犠牲になるというトレードオフ関係の認識であり、それをリスクテーブルに組み込めるような工夫があれば良いと感じます。

何がしかの事象について、安全性を高めるということは、

1.あなたの収入が減る(コストを払ってチェックなり処理なりをする=企業の儲けが減るor税金が増える=労働者への報酬も減る)

2.あなたのサービス残業が増え、健康を害する(コストをかけずにチェックなり処理なりをする=労働者がタダ働き)

3.あなたが失業する(経済活動が制限される=不要になる労働者が増加する)

のいずれかのリスクを増やすことと等価であるということを啓蒙する必要があります。

BSE対策で全頭検査するぐらいなら、一人頭の負担は年間数百円くらいでしょうが、同レベルの安全を全ての分野に求めれば、企業活動に関する事象の範囲に限定したとしても、その数万倍くらいの負担が必要となるでしょうね。

投稿: X | 2007年6月21日 (木) 03時05分

増幅係数を組み込んだリスクテーブルの話、とても面白かったです。個人的な要望として、次は、費用対効果の問題まで踏み込んで欲しいです。より本質的な倫理的命題は、費用対効果を考えたときに現れてくるように思います。

行政がリスク政策にかけられる費用(税収)には上限がありますから、ある事象の対策に莫大な費用がかかると、他の事象の対策の予算は必然的に減らさなければなりません。予算を巡る争いは原則的にゼロサムゲームなのです。

例えば(非常に単純化した例ですが)、1000億円の税収があるとします。ここで、BSEに1000億円かけて救うことのできる命よりも、交通事故対策に1000億円かけて救える命の方が圧倒的に(例えば10000倍)多いとしたら、BSEに1000億円かけることは果たして倫理に適った行為と言えるでしょうか?

リスクテーブルの考え方に反対する記者の方には、自らの作った直感リスクテーブルに基づき有限な予算を配分する実習をして欲しいと思います。感情的な報道による直感リスクのインフレーションが、最適な(救える命を最大化できる)予算配分を大きく逸脱させること(つまり救えるはずだった命が救えなくなるんだよ!)が理解できるようになるのではないかと思っています。今の報道にはそういう視点(というか見識)が無さすぎると思います。

投稿: mango | 2007年6月21日 (木) 08時27分

リスクテーブルを知って、テレビを見ればよいのでは。
テレビ批判をここで繰り広げてもそうそう変わらないでしょう。

テレビは「参考」程度に見ればよいし、見なくてもよい。

BSE問題に関しては、牛肉を安く売りたくない安く買いたくない人が日本にはたくさんいて(つまり牛肉は高級品だと思いたい人)、そういう人の意向が、マスコミにかなり働いているのが実情では。テレビは別にいうほど公正な報道機関ではないし、牛肉なんて食べても食べなくてもよいじゃないですか。

投稿: | 2007年6月21日 (木) 13時19分

>B-51さん
リスクテーブルの話は、ある程度リスクが正しく見積もる事が
出来ることを前提としたものだと思います。
それが正しく見積もれないのであれば、話は全く違ってきますね。

しかし、「先のことはわからない」「可能性は否定できない」
と言って、その可能性の絶対値を論じないのでは、
やはり、詭弁に近いものだと感じます。
特に、「可能性は否定できない」は、詭弁の代名詞みたいな存在ですし(笑)

>私が切り捨てるのはどうかと言っているのは
「将来的な展望がまだ未知数であるようなリスク」についてです。
これについては同意いたします。
とはいえ、これも、大まかなオーダくらいは考えたいものです。

>実際の報道では純粋な「リスク報道」であることは稀だと思います。
これも同意します。しかし、それは、リスクメータの有用性を否定しません。

>過当競争
私は、こんな見方をしているので、
安易に、TV局に規制をかけるような論調には疑問を感じます。
それは新規参入障壁にならないかしら?って感じで。
その点、今度の、新通信法にはちょっと期待しています。

>テレビは「参考」程度に見ればよいし、見なくてもよい
は、完全同意。

しかし、
>つまり牛肉は高級品だと思いたい人
は、どうでしょうね。
牛肉は他の家畜に比べて、必要なエネルギが違いますし

投稿: matu | 2007年6月21日 (木) 16時35分

>B-51さん
リスクテーブルの話は、ある程度リスクが正しく見積もる事が
出来ることを前提としたものだと思います。
それが正しく見積もれないのであれば、話は全く違ってきますね。

しかし、「先のことはわからない」「可能性は否定できない」
と言って、その可能性の絶対値を論じないのでは、
やはり、詭弁に近いものだと感じます。
特に、「可能性は否定できない」は、詭弁の代名詞みたいな存在ですし(笑)

>私が切り捨てるのはどうかと言っているのは
「将来的な展望がまだ未知数であるようなリスク」についてです。
これについては同意いたします。
とはいえ、これも、大まかなオーダくらいは考えたいものです。

>実際の報道では純粋な「リスク報道」であることは稀だと思います。
これも同意します。しかし、それは、リスクメータの有用性を否定しません。

>過当競争
私は、こんな見方をしているので、
安易に、TV局に規制をかけるような論調には疑問を感じます。
それは新規参入障壁にならないかしら?って感じで。
その点、今度の、新通信法にはちょっと期待しています。

投稿: matu | 2007年6月21日 (木) 16時36分

どうして、今の温泉事件で、関東ガス田がクローズアップされたのに
天然ガスがもったいないとか、温暖化ガス(メタン)をエネルギーに利用すらせず垂れ流しって!
という報道はないのでしょうね?

投稿: z | 2007年6月21日 (木) 22時15分

>matuさん

まあ私もリスクテーブル自体を否定しているわけでもないですし、報道機関がもう少しリスクの「暴露量」にも目を向けるべきだという点には異論ありません。
ただ、メディア側の「そればかりではうまくいかない」という意見もある程度は理解できるといいたいだけです。
特に、C先生の文章が「メディア派」に対して攻撃的すぎると思ったもので、少し弁護したくなったというのもあります。

実際問題として、既にリスクがほとんど無いに等しくなったBSEやダイオキシンはほとんど報道されなくなったわけで(とはいえ何かのきっかけで報道される時は未だにすごく危険なもののような扱い方ではありますがね)マスコミがリスク値を完全無視しているという訳でもないでしょう。

あと、純粋なリスク報道としてタミフルの件は良い例になりそうかなと思いついたので、ちょっと考察してみます。

タミフルの副作用の問題ですが、そもそもタミフルによるものなのか、インフルエンザ自体のものなのかも定かでなく、また事例もそう多いものではありません。
ですので、これは現時点での情報から見積もってもリスク値としてはかなり低いものになるでしょう。
将来的なリスクの防止と言う観点も、否定は出来ませんが低そうです。

これを報道するかどうかですが、正確な情報(先に書いたようなこと)をきちんと報道する分には、報道する価値はあると私は思います。

実際に、この報道で救われる命なんて、それこそBSEと同程度くらいかもしれませんが、もしタミフルの副作用(かもしれない)症状で子供を亡くした人が、こういった副作用の報告があることを知らなかったとしたら、その悔しさは非常に大きなものでしょう。
もし、副作用自体が幻であったとしても、報道すること(そして自己判断でタミフルを服用するかどうか決められること)で、そういったいらぬ混乱が軽減できるなら、価値はあると思うのです。

タミフルの副作用についての報道をちょっとやるくらいなら、リソースの負担は大した事ありませんし、悪影響も製薬会社の一商品が売上げを落とす程度のものです。
それで、(気休めだとしても)市民の安心感が高まるならそれも良いと思います。

まあ、これについては、報道が取り上げなくてもインフォームドコンセントが徹底してれば大丈夫なわけですが、不確定な副作用報告なんかは説明しない医者も多いでしょうしね。

もちろん、ワイドショーや情報バラエティー番組がやるように、必要以上に不安を煽るような報道をしたのではかえって弊害の方が大きいとは思います。

投稿: B-51 | 2007年6月22日 (金) 15時33分

>どうして、今の温泉事件で、関東ガス田がクローズアップされたのに
>天然ガスがもったいないとか、温暖化ガス(メタン)をエネルギーに利用すらせず垂れ流しって!
>という報道はないのでしょうね?

メタンがCO2よりも強力な温暖化ガスだという認識がマスコミには余り無いのでしょうね。
まあ、絶対量として非常に小さいというのもあるでしょうが。

ちなみに、メタンは再加熱用の燃料として利用しているような施設もあるそうですので、関東圏の施設で実際に大気解放しているところはそんなに多くないのではないでしょうかね。

投稿: B-51 | 2007年6月22日 (金) 15時39分

リスクテーブルに増幅係数が付きましたが、マスコミさんの報道はそんな丁寧に数字の比較なんてしていないだろうと思います。マスコミの好きな「印象」だけなら、もっと飢餓が注目されていても良いのでないでしょうか。クラスター爆弾のキャンペーンを見ていて考えたこと。

>Zさん
採算割れで採掘をさせられることを恐れたエネルギー関連企業の陰謀です。

投稿: 嘘つきさん | 2007年6月22日 (金) 15時51分

mangoさんが書かれていた費用対効果のことを僕も考えていました。
テーブルの数値をリスクの限界費用(単位リスク当たりの削減費用)で割ったものを「優先度指数」か何かにするとか。

理想的には、経済原理によれば限界費用はみんな同じになって然るべきですが、BSEなどはリスクが下がりすぎた(限界費用が上がりすぎた)例ですね。

不確実性のことがよく分からないのですが、高く見積もるのが予防原則ですよね。BSEも報道が始まった頃は分かってないことも多く、リスクは今よりずっと高かったのではないでしょうか(といってもランクがいくつか上がる程度でしょうけど)。

投稿: ととちお | 2007年6月22日 (金) 23時33分

もう一つ考えていることがあります。
多くの人にとって、真実を知るよりも、何か一つ「怖いもの」を作ってみんなで攻撃している方が幸福度が高いのではないでしょうか。

怖いものがない世の中って不安で仕方がない。かといってガンや肥満はありふれていて怖くない。そこに現れた格好の「バケモノ」がプリオンとかいう「ワケのわからない」ものだったわけです。だから、BSEのリスクがここまで下がってしまったらまたみんな新しいものを探すでしょうね。今のところはGMでしょうが、次は”人工物の”ナノ粒子が来るような気がします(僕も不安です)。

こういう心理が本当にあるとしたら、それを踏まえたリスクコミュニケーションってどんなものなんでしょうね。

投稿: ととちお | 2007年6月22日 (金) 23時46分

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