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2007年7月 8日 (日)

7月8日:HP更新:交通部門での温室効果ガスの削減の可能性

 IPCCの4次報告書の本文のファイナルドラフトがいつのまにかWebに掲載されていた。
 やたらと長文だし、中身も結構あるので、今回は、交通部門の前半といったことになりそう。
 今回までのところでは余り問題はないが、次回議論する部分は、2年ほど前の水素ブームからの離脱が不十分のように思える。

http://www.yasuienv.net/

 ところで話変わって、KingsoftでいじったPPTファイルがVistaのOfficeで開かないという話。証明しようとしたら、なんと、今度はVistaのOfficeが立ち上がらない。Word、Excel、PPすべて立ち上がらない。これはなぜだ? マイクロソフトには、強力な念力があるのだろうか。
 まずは、6月20日まで使っていた旧ノートだが、復元ポイントを使って元に戻そうとしてもなぜか戻らないので、Acronisで5月20日の状態に戻して、快調に動くようにはなった。Vistaの方は、1週間ほど前の復元ポイントを使って無事元に戻った。
 さて、念力との闘いをやるべきかどうか。それよりも、Vistaの方は、Bluetoothがどうも妙な気がする。原因解明が先か?
 それはそれとして、Vistaは、ノートパソコンには適さないような気がする。メモリーになんでもかんでもキャッシュするが、そのため、かなりの時間、HDDが動きぱなしになる。もしも、電池で動いているときに再起動でも掛けたら、相当に電力を消費してしまう。これを設定で止めることは可能、不可能?

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コメント

>これまで自動車業界がエンジン技術でなんとか他者の算入を阻んできたが、そうもいかなくなる。電池やモーターなどを製造する電機産業が輸送機器産業の中心的存在になる

これはかなり微妙かと思います。
まあ、今よりは自動車メーカの砦が低くなるのは確実ですが、サスペンションなどの設計があるので、やはり新規参入はかなり難しいでしょう。
日立みたいに、重機も電機もやっているようなメーカは参入可能でしょうけど、SONYとか東芝とかみたいな電子/電器メーカではかなり難しいと思います。
電車だって、結局作っているのは重工系がほとんどですしね。

>カローラ初代

カタログ燃費で22km/lってな表記のようです。
現在と違って10モードとかではないので、測定方法は良くわかりませんが、一定速度走行だとして実燃費は17~8km/lってところでしょうかね。
少なくとも、現在のカローラよりは燃費も良かったでしょうね。

とはいえ、排気基準も違うし安全性能もぜんぜん土俵が違うくらいのレベルなので単純に比較してもって気はしますけどね。
比較するならヴィッツなどの小型車と比較するのが良いかもしれません。
これなら、実用燃費では昔と比べてもそれほどの差は無いのではないでしょうか。

>重い車になれば、歩行者、自転車、バイクなどへのインパクトは増大するのだから

対歩行者・自転車・バイクなら、車重はあんまし関係ないのでは?
重量の差は充分大きいので、普通の衝突(ガードレールとの間に挟まれるとかで無い限り)なら衝撃も大差ないでしょう。
トラックと乗用車だと、正面形状の差異とか踏まれる危険性とかの関係で大分違うと思いますが、軽乗用車と大型セダンなら大差ないでしょう。

車の重量が大きく聞いてくるのは、対車両の衝突の場合だと思いますよ。
この場合は、トラックに突っ込まれるのと軽自動車に突っ込まれるのとでは非常に大きな差です。

と言うわけで、更なる交通事故防止にはまずITSの推進による車両同士の衝突回避からでしょうね。
これが充分浸透すれば、小型の端末による歩行者の保護なんかも可能になるでしょうし、自動運転による渋滞緩和(燃費向上にも繋がりますね)なんかも可能になるかと。
(ゆくゆくは、赤外線カメラなどによる歩行者保護もできるでしょうが)

投稿: B-51 | 2007年7月 9日 (月) 16時06分

個人的にはロータリーハイブリッドが出ないかと思ってるんですが。
RX-8、デザインは好きなのに油食いのロータリーってのが残念無念。
自動車メーカーには主要車種全てにハイブリッドを選択できるよう義務付けるべきではないかと思います。
レガシィB4ハイブリッドとかがでれば10年は乗るのに。
欲しい車が無いので今は車を持っていません。

本当に欲しい車はトヨタスポーツ800だったりするんですが。

投稿: 時見鳥 | 2007年7月12日 (木) 23時06分

たくさん走ったほうが元が取れる、得をするという考えが、プリウス乗りの私の直観とマッチしません。

もうハイブリッドカーは買ってしまったのですから、あとは走行距離を減らしたほうが、ガソリン消費総量もCO2排出もガソリン代も運転する時間も少なくて気分がいい、というのが感想です。環境税をガソリンに導入しなくても、そもそもできるだけ車で走らないのが良いことなのだ、という価値観はまだないのでしょうか。そんなに車ってすばらしいものなのか。

投稿: | 2007年7月17日 (火) 09時29分

ハイブリッドカーを買ってしまったのであればこそ、LCA的に見れば、ある程度は乗らないとコスト・CO2で元が取れないんですよ。
製造時のコスト・CO2は、HV>GVですから。
現状、ほとんど乗らないのであれば、ハイブリッド車はやめて製造時の負荷が少ないガソリン車の方をお勧めします。

あと、車ってすばらしいものか、という問いがありますが、自動車は単なる移動手段ではなくて、趣味の部分もあります。私にとってはドライブはストレス解消になってます。環境配慮行動もよいですが、ライフスタイルの多様性は認めてもよいような気がします。

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 10時18分

昨日、TVで小宮山先生がプリウスで東京-大阪を無給油往復したいとおっしゃっていましたが、ある程度の距離乗らないと元が取れないハイブリッドは、距離をたくさん乗る人にこそ乗ってもらいたい車です。

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 10時23分

プリウスで、年間約4000km走っています。さらに減らそうとしています。

ある程度走って「元をとる」とはいったい「何を」具体的に「得る」ことなのでしょうか?私はそこが頭が悪いのか、どうしても理解できません。製造時のコストやCO2を、いっぱい走ることで回収できるというのが、なぜか理解できないのです。何を回収できるのでしょうか?

私にとって運転はもはや退屈な義務、単純作業そのものです。疲れるばっかりです。早く完全自動運転自動車が登場しないかと待っています。東京大阪は、寄り道しないのならば、新幹線(ただしトイレとたばこ臭くないこと)がいいですね。

小宮山先生とは、だれですか?

投稿: 健 | 2007年7月17日 (火) 10時40分

あなたはプリウス買って、これしか走っていないから、損してますよと説明されても、全然損している気にならないのです。私がおかしいのでしょうか?

投稿: 健 | 2007年7月17日 (火) 10時47分

わたしゃ元のデータを知らないので正確なところはわかりませんが、製造時のCO2コストの問題で、走行量が少ないと発生するCO2が、
高製造コスト+低走行コスト(ハイブリッド車)>低製造コスト+高走行コスト(ガソリン車)
となってしまい、結果的にハイブリッド車がより多くのCO2を排出してしまう、って話でしょう。

投稿: す | 2007年7月17日 (火) 12時55分

損している気にならないのは、CO2に関しては、損をしているのは、社会全体だからです。
プリウスの簡易的なLCA評価はC先生がやってます。
http://www.yasuienv.net/EcoPremium/EPLabPrius.htm
またC先生の計算結果が下の記事に載っています。
http://www.nikkeibp.co.jp/style/eco/special/070112_ecoqa/index5.html
C先生の計算によれば、2万km以上走らないと従来のGVと比べてCO2の総排出量が少なくならないようです。まあ、通常であれば、2万kmくらいは数年で走りますが、ほとんど乗らない(10年でも2万kmを走らないとか)という場合は環境に良いとはいえないでしょう。(最悪なのは、買って2万kmも走らないうちに事故を起こして廃車とかですね) まあ、年4000km乗っているのであれば、プリウスで問題ないと思います。もっと走行距離が少ないと思っていたので、「ほとんど乗らないのであれば」という限定でガソリン車の方をお勧めしたわけです。

また、コストについて言えば、支払者がプリウスの何に価値を感じてお金を支払ったか、によるでしょう。つまり費用便益の考え方です。
 自動車は通常は移動手段ですので、支払者がその移動手段という側面に価値を感じてコストを支払っている場合、少ないコスト(イニシャルコスト+ランニングコスト)で長い距離移動できたほうがいいわけです。この場合、プリウスを買ってよかった、となるためにはいくらか距離を走らないといけない。
 一方、たとえばクラシックカーなどは、移動手段ではなく、車のデザインや希少性などにコストを支払います。この場合、距離を走らなくても損ではない。プリウスの場合、環境に配慮した製品を選んでいる・所持しているという満足感に支払うこともありうる。この場合は、たいして走らなくても損ではないでしょう。

>あなたはプリウス買って、これしか走っていないから、損してますよと説明されても、全然損している気にならないのです。私がおかしいのでしょうか?

 コストについては、おかしくないと思いますよ。良い悪いではなく、人それぞれの価値観が違うだけなので。

 ちなみに小宮山先生は、東大の現総長です。エネルギー・環境工学(他にも幅広ですが…)を研究されておられます。自宅に太陽光パネルを設置したり、特殊な断熱材を用いたり、などが昨日のTV東京系「カンブリア宮殿」で紹介されていました。その中で、愛車のプリウスについて触れられた際の言葉が、「東京大阪無給油往復」でした。

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 13時20分

それではほとんどの人は、2万キロ以上走ってから買い替えるでしょうから、ほとんどの人はプリウスに乗って損しないことになるでしょう。
販売している全ての車はハイブリッドでOKなわけです。ハイブリッドカー製造のCO2排出量はこれから下がる可能性がありますが、ガソリン1リットル燃焼してのCO2排出量は不変ですから。

ハイブリッドカーにして、CO2をだれでも半減できる。じゃあそのまた半分(たとえば目標80%削減)にするにはどうしたらよいかというのが、これからの知恵の出しどころじゃないでしょうか。今できることは、走行距離を減らす工夫をすることだと思います。

小宮山真先生は知っています。生命化学分野だけでなく、今は環境分野の生活実験もされているのですね。プリウスで1週間くらいかけて、寄り道しながらうまいものを食いながら東京大阪往復ならば面白そうですね。電動自転車にバッテリーを2つ(100km走行可能)ぐらい担いでの旅行も面白そうです。

投稿: | 2007年7月17日 (火) 14時06分

ええと、ちょっと話がかみ合ってないみたいですね。
私がしたのは、最低2万km乗らない人には環境のためにプリウス以外を、という話です。(2万kmでもトントンなんですけどね。現状ではとてもCO2半減にはなりませんよ。現状では10万km走って、通常GVよりも41%減ですから。)
もしくは、環境効率は距離を走れば走るほど高くなるという話をしたつもりなのですが…
ハイブリッドの有効性については今更否定するものではないです。私はドライブが趣味なので、走行距離を減らす工夫よりいかに環境効率よく車を走らせるか工夫したいと思います。

ところで、生命化学の小宮山真先生とは違います。東大総長の小宮山宏先生です。
http://www.ut-life.net/people/h.komiyama/

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 14時30分

そうでした。小宮山宏先生でした。失礼しました。

そうするとハイブリッドカーは走れば走るほど環境に良いということですか?趣味だからガソリンを使って走ってよい、仕事だからCO2を減らさなきゃならないというのは、これからも価値観や好みの問題なのでしょうか?

私個人は、環境生活も趣味好みの一部です。
これからの時代は、環境負荷を少なくするのは、モラルの問題になるような気がします。ハイブリッドカーに乗れば、いくら走ってもよいのでしょうか?

投稿: | 2007年7月17日 (火) 14時40分

あんまり私だけが書き込むのはアレなので、最後にします。メールで直接やれよ、という声が聞こえてきそうな気がします。

>ハイブリッドカーは走れば走るほど環境に良いということ
比較対象がGVである限りは、です。GVで同じ距離を走ることを考えれば、ということです。効率の話ですから、関数の傾きの話です。絶対量で「同じ距離を走らない」と比較すれば環境に悪いでしょうが、それを言い出すときりがないのでは? 自動車に乗らない、インターネットもやらない、本も読まない、ほうが環境に良いかもしれませんが、持続可能な消費とはそんな概念ではないはずです。

>これからも価値観や好みの問題なのでしょうか
少なくとも私はそう考えています。持続可能な消費はライフスタイルを縛る概念ではないと思います。自らの好むライフスタイルの範囲でできることをすればよいのではないか、と考えています。例えば、趣味で車に乗る代わりに他で減らせばよいのではないですか? 持続可能な消費の達成のためには、消費を細かく切らないで、モジュール化してとらえる必要があるのではないでしょうか。

ところで、私の場合、車は週末にしか使いません。勤務先へも自転車で通っています。エアコンもほとんど使いません。別に環境のためではないですが。そんな私が週末にドライブするこ
と(別にGVにこだわっていません。HVでもEVでもいいと思います)すら許容できない社会にはなってほしくないものだと考えています。それは本当に持続可能な社会なのでしょうか?

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 15時07分

もともとの想定から食い違っていると思います。

「沢山走らないと元を取れない」のではなく、「沢山走る必要のある人じゃないと元を取れない」と考えないと。

つまり、もともと走行距離が少ないなら(少なくできるなら)プリウスのような複雑な車(製造時の環境負荷が高い)ではなく、ヴィッツなんかの小さくて単純な機構の車(製造時の環境負荷が低い)にすべしということです。

もちろん、プリウスを買うことが決定事項なら、それでもより走行距離は少なく抑えた方が環境負荷は低いでしょうね。

C先生も仰っているように、環境負荷を考えるなら長距離の移動は鉄道などを使うことにして、駅(や最寄の都市部)まで公共交通機関が使えない/使いにくいような場合は小型のEVってのが理想だと思います。
ただ、そのためには駐車場の整備や、目的地でのEVレンタカーとかが必要になってきますね。

投稿: b-51 | 2007年7月17日 (火) 15時20分

車のCO2排出量は、インターネットの使用や読書のCO2排出量に比べてかなり大きいのではないですかね。時間単位で100倍くらいでしょうか?

車を運転するのが趣味の人が減っても、人間生きていくのですから、もちろん消費は持続可能です。車以外に趣味はたくさんありますから。
車の走行距離が減っても、社会だってこれからも持続可能です。経済の持続可能性のために、もっとガソリンを消費して運転すべきだというのでしょうか。もっと環境に良い消費スタイルがありますよ。それこそが持続可能です。

問題はガソリン供給が持続可能か、地球の気温が持続可能かどうかでしょう。

投稿: 健 | 2007年7月17日 (火) 15時23分

b-51さん

こんにちは。まず今現在EVが売っていないのにですから、未来のことを考えるのではなく、今この瞬間にどうやってCO2をたとえば2割減らすのか、半減するのか、という議論じゃないですか。

我々は「得する」ために生活しているのでしょうか?元をとるために消費をするのでしょうか?

投稿: | 2007年7月17日 (火) 15時31分

mr.k さんと健さんの議論が噛み合っていない原因は簡単に分析できるように思います。


>自動車は通常は移動手段ですので、支払者がその移動手段という側面に価値を感じてコストを支払っている場合、少ないコスト(イニシャルコスト+ランニングコスト)で長い距離移動できたほうがいいわけです。この場合、プリウスを買ってよかった、となるためにはいくらか距離を走らないといけない。

これは、現状で自動車を移動手段として使わざる得ない用途の場合に、ハイブリッド車で置き換えることの社会的コストを問題されているのですね。「社会経済政策」を考える上で至極当然な考え方です。

一方、
>環境税をガソリンに導入しなくても、そもそもできるだけ車で走らないのが良いことなのだ、という価値観はまだないのでしょうか。

>我々は「得する」ために生活しているのでしょうか?元をとるために消費をするのでしょうか?

これは、環境問題の解決や地球持続性を実現する上での「個人としてのモラル」を問うておられるのですね。大いに結構だと思います。

このように「社会経済政策」と「個人のモラル」という異なる視点で、書き込んでおられるので、食い違いは致し方はないように思いますし、互いに矛盾することではないと思います。

一方、mr.kさんの書込には、もう一つの視点があるようです。

それは個人の欲求として、

1.好きなときに好きな場所に(必要ならば個別の空間として)移動できる自由を尊重したり、

2.現代の自動車の持つ特性としての操縦性、スポーツ性や多用途性さらにそれ自身の持つ希少性を享受したい

ということのようですね。

私は、何れも単純に否定されるべきものではないと思います。ただ、いずれも地球持続性を念頭に置きながら、社会的制約との兼ね合いで考えるべき問題になってきていると思います。

私は、まず1.の欲求・自由を最大限尊重する形で自動車は残っていくと思いますし、私自身も尊重して欲しいと考えています。ただしこれも化石燃料枯渇や温暖化の究極的状況を予測しながら考えざるを得ないということも事実でしょう。

一方、2.の操縦性やスポーツ性に対する欲求は、自動車に限らず化石燃料を消費しない代替手段(例えば、自転車、ヨットやグライダーをはじめとする様々なスポーツ性を有する陸海空の乗り物)に置き換えられてしかるべしと思いますし、そのような誘導策が必要でしょう。

自動車の多用途性についても、現状のような所有者個人単位のベネフィットではなく、社会的なベネフィットを考慮しながらコスト(税制)が決められていくようになるのではないでしょうか?

最後の、希少な乗り物を所有する(かつ余り使用しない)ということの社会的コストはあまり考慮しなくても良いのではと思いますが、どうでしょう?

おそらくmr.kさんは、このようなことも想定されているのではないですか?

投稿: 麦麦 | 2007年7月17日 (火) 17時31分

せっかくのお言葉ですのでちょっとだけ。

麦麦さんの整理はわかりやすいですね。
麦麦さんは私の意見から2つの視点(社会的立場と個人的欲望)を指摘されましたが私の中では、社会全体のベネフィット・コストと個人のベネフィット・コストは共存可能であると考えています。私が重視するのは生産と消費のコストとベネフィットです。私の立場は、社会全体の価値を損なわない範囲での個人の価値の重視という立場です。

私の考えは、UNEPの持続可能な消費の定義
「将来世代のニーズを損なわずに、(1)ライフサイクル全般を通じて天然資源の利用および有害物質や廃棄物・汚染物質の排出を最小限に抑える一方で、(2)基本的なニーズを満たし、生活の質を向上させるようなモノやサービスを使用する」
です。(1)(2)の両立が持続可能な消費と考えています。

したがって、麦麦さんの地球持続性(或いは環境容量)を念頭に置きながら、社会的制約との兼ね合いで考えるべき問題という点には同意します。私も環境容量を超えてまで車に乗ろうとは思いません。また、欲望のままに消費することがよい、とも思っていません。

ただ、生活の様々な局面で環境負荷は排出されていますので、消費を細かく分けて制限するのではなく、趣味をも含めてライフスタイル全体での環境負荷考えるべきではないか、と思います。消費を細分化せずにモジュールとしてとらえれば、リバウンド効果にも対応できます。生活全体でのキャップを定めたうえで、その中では自由に自らの「生活の質」を向上させるようにライフスタイルを選択してもよいのでは、と思います。たとえば、車に乗りたい人はその分を他で減らせばいいし、住生活の快適性を優先して車には一切乗らない、というのも1つのスタイルでしょう。自らの環境的な満足感を満たすためにキャップ以上に環境負荷を削減するのも1つのスタイルでしょう。(この辺のアイデアは、「持続可能な消費プロジェクト」で議論されたことです。)
消費を減らすライフスタイルのみが正解であとは間違っている、モラルに反するというような考えは、社会的・文化的に持続可能でないという意味で先ほどの書き込みをしました。消費を減らすライフスタイルも1つの正解でしょうが、他の正解もあるはずです。各々のライフスタイルを尊重しつつ、できるだけ(精神的)我慢をしないで、地球持続性(環境容量)の範囲内で消費を進めるのであれば、社会受容性も高いのではないでしょうか。

最後に、
>希少な乗り物を所有する(かつ余り使用しない)ということの社会的コストはあまり考慮しなくても良いのではと思いますが、どうでしょう?
クラッシクカーではそうですが、ことプリウスを乗らずに所有する社会的コストは考えるべきでしょう。
本当に環境負荷を考え、乗らないことを目指すのであれば「所有」せず、必要な時にレンタルなどで「利用」すればよい。PSS(製品サービスシステム)という概念もあります。そうすれば、自動車の絶対数が減るわけですから、その分環境負荷の削減になります。自動車の製造時の環境負荷は走行時と比べれば大したことはないとはいえ、さまざまな製品と比較すれば大きいですよね。もちろん、先にふれたように環境配慮製品を所有している満足感にお金を支払い、所有するのも1つの価値観であり、ライフスタイルですので、否定はしません。しかし、製造時の環境負荷が他のGVよりも高く、価格も高い環境配慮自動車を乗らずにただ「所有」するという「趣味」の社会コストはゼロではないということは言えるのかなと思います(使ってこそのエコプレミアムのような気もしますが)。
私は社会コストゼロであるとか、環境的に「最適」は目指していないので、それもアリだと思っています。ですので、良い悪いという価値判断はせずに指摘のみしておきます。

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 21時00分

ちょっとだけ、と言いながら長くなってしまいました。すいません。

ついでと言ってはなんですが、私の考え方は下記のページにあるCO2チェッカーの考え方です。
http://www.meti.go.jp/policy/exhibition/seufu-syuten-kanren-/CyberNipponkan/co2/index.html

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 21時04分

私が「希少な乗り物」と書いたのは、クラシックカーなどを想定してのことです。その点、プリウスなどはもはやごく普通の乗り物ですし、そうあらねばならない存在ですね。

>生活の様々な局面で環境負荷は排出されていますので、消費を細かく分けて制限するのではなく、趣味をも含めてライフスタイル全体での環境負荷考えるべきではないか、と思います。

この考えにも納得できます。そのような誘導策が使えるうちにやっておかないと、崖っぷちで気が付いたときにはということになりそうな気がします。

ところで、CO2チェッカーを試してみました。もとになる考え方は良いのですが、想定される生活様式の多様性に較べて、選択肢が余りにも単純なので、出てきた診断結果の信憑性は?と考えてしまいました.

今後,年間総消費金額や所有する耐久消費財などを入力するとともに,もう少し設問を細かく設定するとかの工夫をすれば,診断精度が上がることが期待されますね。

また自動車の使用であれば、全ての車両に瞬間および平均燃費計の装着を義務づけて(タクシーやトラックのタコメーターのようなもの)、走行距離の記録と共にCO2排出量を具体的な数字で意識させるようなことも効果的ではないでしょうか。

投稿: 麦麦 | 2007年7月17日 (火) 21時51分

麦麦さん
>ところで、CO2チェッカーを試してみました。もとになる考え方は良いのですが、想定される生活様式の多様性に較べて、選択肢が余りにも単純なので、出てきた診断結果の信憑性は?と考えてしまいました.
>今後,年間総消費金額や所有する耐久消費財などを入力するとともに,もう少し設問を細かく設定するとかの工夫をすれば,診断精度が上がることが期待されますね

そうですね。一方で、あまり細かくし過ぎるとアンケートをやる人は面倒なので、このあたりは難しいところですね。まあ、産総研のLCAセンターが監修してますので、結果は当たらずとも遠からずといったところでしょうか。
これの算出根拠やライフスタイルの設定は経済産業省の「持続可能な消費プロジェクト」で、下記サイトから報告書の概要版がダウンロードできます。
http://unit.aist.go.jp/lca-center/ci/activity/project/sc/index.html
ライフスタイルの分析で、統計的に有意でないのが多いのが気になるのですが・・・

投稿: mr.k | 2007年7月17日 (火) 22時08分

麦麦さん。こんにちは。
私が主張することは2つ。ハイブリッドカーを買え。ミニバンも軽も魅力的だが、それを振り払って、プリウスかシビックハイブリッドを買おうということです。
もう一つは、買ったら走行距離をできるだけ減らせ。損得を忘れて、とにかくガソリンは消費しないこと。走れば走るほど得をするなど幻想です。もちろん必要な時は乗りますよ。走れば燃費がいい。しかし走らないほうがもっといい。これがいわゆる得です。年間4000km走行ならば20年以上のれますし、整備もほとんど必要ない。ガソリン高騰ですが、ガソリン代も月に2000円以下です。使えば使うほどエネルギーを生産するのではなく、確実にエネルギーを消費している、CO2を排出しているのですから。

mr.kさん、こんにちは。
趣味に関しては、CO2を大きく排出する消費とCO2をほとんど排出しない消費など、さまざまなものがあります。たとえば、年間5000km趣味で走行すると、燃費10km/lでガソリンが500リットル消費されます。CO2が1.15トン排出されます。これを相殺する手段はほとんどないか、あっても非常に高額です。回復不可能です。一日車で東京大阪を往復するのと、一日近所の海で釣り糸を垂れている、山に登っている、星空を見ている、読書をしている、では全然CO2排出量が違います。ガソリンに関しては、消費を抑制し、他のCO2を出さない消費に回せばよいのです。趣味は無限にありますからその中から選べばよい。自動車がこのまま国内で生き残るかどうかは、自動車自身の環境性能とガソリン価格にかかっているでしょう。

現実にCO2排出キャップはありませんし、できたとしたら、消費を抑制するものとなります。環境容量など現実にはない、ほとんど誰も意識していないのではないでしょうか。そんなものを必要としないほうが、よほど気楽です。

精神的我慢はある程度は必要になると思いますよ。我慢しなければ、さらなる高波、洪水、台風の被害が出てしまうんですよ。ある程度は我慢して(もちろん我慢しないでも工夫してエネルギー消費量は大きく減らせるがさらに我慢して)エネルギー消費量を減らさないとCO2は半減や8割減にならない、というのが、私の生活実験の結論です。科学技術にも限界があります。
エネルギー消費量は減らせ、しかし消費額は減らすな、というのがエコプレミアムの考えではないですか。

投稿: 健 | 2007年7月18日 (水) 09時23分

>健さん

こんにちは。

>まず今現在EVが売っていないのにですから、…

EVの話は「将来的には」って話なので。
まあ、現状でもEVは一応売ってますけど、まだまだ普通に買えるとは言いがたいものですからね。

>我々は「得する」ために生活しているのでしょうか?元をとるために消費をするのでしょうか?

前のRESでの「元を取る」というのは、金銭的な話ではなく、「製造時のCO2排出量を取り戻すためには」という意味です。

既にプリウスを買ってしまった後であれば、もちろん走行距離は出来るだけ減らしたほうが良いに決まっています。

ですが、最初から走行距離が少ないことが予想できるor確実に減らせる見込みがあるなら、(現時点では)製造時のCO2排出量が高いハイブリッド車を買うよりも、製造時のCO2排出量が少ない通常動力の小型車を買うべきだという話です。
もちろん、ここで言う走行距離は、年間走行距離とかではなく、新車から廃車(または売却)までの総走行距離ですけどね。
#厳密に言うと途中の整備で大掛かりな部品交換が発生する場合はその分を加味しないとなりませんが

#以下の話は既にmr.xさんも説明しておられることですが、かみ合っていないようなのでさらに噛み砕いて説明しています
#「既にそんなことは解っている」ということならすみません

携帯の料金プランに例えれば解りやすいですかね。
料金をCO2排出量、通話時間を走行距離だと考えてください。
基本料金1,000円、通話料1分10円のプランと、基本料金500円、通話料1分15円のプランが有ったとします。
この場合、100分以上通話する場合は前者のプランの方が得ですが、それ以下なら後者のプランが得です。
もちろん、既に契約してしまったら、前者のプランを選んだからと言って用も無いのに100分以上使わないと損だということにはなりませんが、料金プランを選ぶ月初めにはどれくらい通話するかを予想してどちらが得かを選ぶべきですよね。

同じように、例えばプリウスの製造時環境負荷(CO2排出量)が1000だとして1万キロ辺り100の負荷、ヴィッツが同じく500と150だったしましょう。
この場合、10万キロ以上走らないなら、ヴィッツを買っておいたほうがトータルのCO2排出量は少ないことになりますよね。

これは上の計算からもお分かりのように、ハイブリッド車の製造時環境負荷が高いことが原因です。
単に燃費が良いからというだけの理由で選ぶのでは片手落ちだということです。

こういった考え方は太陽光発電とかにも言えることです。
#そういった計算はC先生が散々記事上で行っていますね

投稿: B-51 | 2007年7月18日 (水) 12時32分

走行距離は引っ越せばいくらでも減らせます。ライフスタイルを変えていけばゼロ近くにもできます。しかし燃費はほとんど変えられない。買ってから運転者がいくら努力しても、ハイブリッドカーには追いつけないのです。
ハイブリッドカーが売れればますます製造時のCO2排出量は少なくなります。コストも安くなります。

ですからどんどんハイブリッドカーに買い替えるべきです。2万キロで廃車などほとんどあり得ないのですから、手放しても中古車として立派に走ります。ですから、変な知恵をつけずに、場合分けせずに、無条件でまずハイブリッドに乗ってみろ、話はそれからだ、というのが私の主張です。ハイブリッドの魅力は乗ってこそわかる、机上の計算燃費だけじゃない、乗り続けて年々わかってくる、ということです。

新しいものを理論だけで拒絶するのではなく、理屈はまあ一つの理屈として知っておいてよいですが、実際に体感し所有し、その上で自分なりに考えることが大事です。自動車よりも、イノベーションとエネルギー節約を同時に体験できる、走行用ロボットに乗るべきです。そのうえで、もう一度家庭のCO2対策を考えてみてはいかがでしょうか。

投稿: | 2007年7月18日 (水) 14時29分

とりあえず議論を発散させないようにお願いします。
今までの傾向からしても、健さんは他の方々と議論がかみ合わないことが多いのですから、焦点は絞っていかないと話がこじれるばかりです。
なので、今回は「ハイブリッドを買うか通常エンジン車を買うか」という点にのみ絞ってRESします。

>ハイブリッドカーが売れればますます製造時のCO2排出量は少なくなります

多少は減るでしょうが劇的に減ることはないでしょう。
ちょっと考えるだけでも、ハイブリッド車はガソリンエンジン車にプラスしてモータ・バッテリー・トルク分配器などが余分に付くのです。
余分なものを付けるためには、それらを作らないといけないわけで、当然資源も多く消費しますし、それを加工するためのエネルギーを必要とします。
おそらく、現状のプリウスは既に結構な台数が売れていますので、これ以上製造時の環境負荷はそう大きく減らないでしょうね。

>2万キロで廃車などほとんどあり得ない

個人として購入する場合のことを考えるなら、廃車までではなく手放すまでで考えるべきでしょうね。
当然、2万キロ程度の走行距離なら中古車として出回るでしょうが、その車がどういった運命を辿るのかは制御不可能なわけですから、最初からそこをあてにした考えはどうかと思います。

それに、C先生のLCA試算では2万キロってことですが、前提としてハイブリッドは燃費が二倍というものがあります。
さらにおそらく同クラス車での比較でしょう。
これを、1クラス小さい車と比較すると、燃費は良くて1.5倍くらいでしょうし、製造時の環境負荷の開きももっと大きくなります。
きちんと計算したわけではないですが、ヴィッツクラスとプリウスで比較するとおそらく5万キロ程度は最低でも必要だと思いますよ。

>無条件でまずハイブリッドに乗ってみろ、話はそれからだ

ですから、皆さんその意見を否定しているのではないですか。

例えば、週末に片道10km程度の範囲で買い物に使うだけの人ならどう考えてもハイブリッドを買っても意味が無いのです。
#そして日本には意外とこういう扱いを受けている車が多いのです

だからこそ、買うときに自分の使用形態ではどちらが環境に良いのかをきちんと考える必要があるのです。
猫も杓子もハイブリッドではなく、走行距離が比較的多く都市部での走行が多い人はハイブリッド、ほとんど乗らないけど無いと困るというような人は小型の通常エンジン車ってのが良いということです。
#もちろんそのほかにも使用形態によっていろいろですけどね

投稿: B-51 | 2007年7月18日 (水) 21時41分

>おそらく、現状のプリウスは既に結構な台数が売れていますので、これ以上製造時の環境負荷はそう大きく減らないでしょうね。

例えば10年前20年前の携帯やパソコンと最新型の中身やサイズを見てもらえばわかると思います。部品数はどんどん減り、コンパクトになるでしょう。

>当然、2万キロ程度の走行距離なら中古車として出回るでしょうが、その車がどういった運命を辿るのかは制御不可能なわけですから、最初からそこをあてにした考えはどうかと思います。

買い換えの際に、またハイブリッドに乗り換えればよいこと。市場にハイブリッドカーが流れ、またそこでも低燃費です。誰が乗っても低燃費なのです。故障の心配も通常車とほぼ同じです。

>1クラス小さい車と比較すると

いままでクラウンやミニバンに乗っていた人が、買い換えの際に、喜んでヴィッツやマーチにに乗るということでしょうか?やっぱりプリウスのサイズが必要だと思うのが自然です。普通の人は、乗る頻度は少なくても5万キロ超えても当然乗ると思うのですが。たまたま5万キロ乗らなくても損ではないのです。B-51さんは、ヴィッツで10年間ずっと満足できるのでしょうか?


皆さんへ

まずC先生の書かれた結論だけを盲信せずに、自分なりの結論を持ってみてはいかがでしょうか。10年先を見越して、今どの車に買い替えるか、考えてみてください。車の寿命は日本でも平均11年で、さらに伸びています。そのあとも調子が良ければ海外に流れます。

CO2半減は、2050年まで待つ必要ないのです。今からできます。ヴィッツで半減できるでしょうか。ヴィッツで我慢我慢の毎日ですか?家族が増えたら重いミニバンに買い換えですか?

使用形態は車を買った後いくらでも変えられる、ライフスタイルを変えようと決心したその日から、走行距離は短くできるのです。しかし買い換えは10年に1回の大イベントです。燃費は車を買い換えないと変えられません。燃費は10年間固定です。

投稿: | 2007年7月19日 (木) 08時52分

>例えば、週末に片道10km程度の範囲で買い物に使うだけの人ならどう考えてもハイブリッドを買っても意味が無いのです。
#そして日本には意外とこういう扱いを受けている車が多いのです

これまでの文脈からは、こういう車は少数だからあまり考えなくていいんだという印象を持っていましたが、本当にたくさんあるのでしょうか?

だとすれば、そういうケースでは意味がないどころか
「ハイブリッドは地球を汚す。CO2もたくさん出している」
ことを認識しておく必要はあるでしょう。

ただこの話、表面上は乗用車の環境負荷のことですが

>無条件でまずハイブリッドに乗ってみろ、話はそれからだ

は、LCAだ何だと理屈をこねながら自分はライフスタイルを変えようとしない人たち(皆さんが該当するかどうかわかりませんが)に向けられているのだと思います。

つまり、ベースにある想いは「みんなのライフスタイルを変えさせたい!」という、これにつきます。

そのためにエコライフの楽しさを説いたりいろいろやっておられますが、なかなか難しそうです。自分も反対しておきながら他人事のような書き方ですが。

ライフスタイルを変えさせるのは環境問題に対する正解の一つだと思いますが、言えば変わるというようなものではなく、どうすればできるのかについては真剣に考える必要があります。まあ世の中には環境に関する知識のまだ少ない人や、何から始めたらいいかがわからない人がたくさんいるので、まずはそういう人たちに向けてメッセージを送るのが効果が大きいと思います。

例えば、現在の年間4000キロの自動車走行がなぜ今は減らせないのか。5年後の健さんだったら「無条件でまず車を手放せ。話はそれからだ」とおっしゃるでしょう。それに対して現在の健さんはどう答えるのか。そういう事を考えていくと、説得力のあるアプローチが出てくるかもしれませんね。

ただ、もし走行距離をかなり削減した段階で買い替えを検討されるなら、「ハイブリッドは地球を汚す。CO2もたくさん出している」という事実をちょっとだけ思い出していただければと思います。

投稿: ととちお | 2007年7月19日 (木) 09時25分

もちろんある日突然走行距離がゼロになるのではありません。ああしようこうしよう、やっぱりこれは無理だと試行錯誤して、徐々に減ってきて、何とか年間4000キロになりました。遠出を電車にするなどして今年は3500キロくらいにするつもりです。

ただ世間では、軽油は減りましたが、ガソリン消費総量が年々増えています。これを燃費対策だけで減らそうとしていることに無理があるのです。走行距離を減らさなければなりません。ハイブリッドだから、走れば走るほど環境に良い、たくさん走ったほうが得をするという結論は、なにかしっくりしないのです。

投稿: 健 | 2007年7月19日 (木) 10時47分

>これまでの文脈からは、こういう車は少数だからあまり考えなくていいんだという印象を持っていましたが、本当にたくさんあるのでしょうか?

ちなみに日本の乗用車の
年平均走行距離:9,896km
平均車齢:5.84年
(国土交通省H17クリーンディーゼル乗用車の普及・将来見通しに関する検討会報告書)

軽自動車所有者・所有事業者の
年平均走行距離:男性5,724km、女性4,968km
(自動車工業会調べ:H17サンプル調査)

これを見る限り、それほど少数ともいえないようです。ことに軽自動車ユーザーに関して言えば。

投稿: | 2007年7月19日 (木) 10時52分

ライフスタイル全体の総量で考えるというの観点から言えば、趣味のドライブのCO2排出を他の趣味を減らすことで相殺する必要はないですよね。
阿部・三浦・外岡(2002)によれば、世帯の年間CO2排出量の平均は14.83トンですから、1.15トンは他で減らせそうです。

私自身について言えば、週末(それも毎週というわけではなく月1くらいですか…)のドライブ以外に車も乗りませんし、家でエアコンもほとんど使いません。週に3日はお風呂ではなくシャワーで済ませます。外食が多いので、食事のCO2も少ないです。つまり趣味の自動車分を十分補えるほど年間CO2排出量は少ない方だと思います。このライフスタイルはこれはこれでいいのではないか、特に変えなくてもよいのかな、と思うのですがねぇ。

単純な質問です。走行距離を減らすのであれば、はじめからプリウスも含めて車を買わないのがいいですよね。なぜプリウスを買わなきゃいけないのでしょうか。


ところで、議論を発散させるとお叱りを受けるかもしれませんが、元記事は輸送局面の話なので、ライフスタイル全体と趣味というつながりでお聞きしたいのですが。皆さんは、趣味や教養を広げるための海外旅行も趣味のドライブ以上にやめるべきだとお思いですかね?

投稿: mr.k | 2007年7月19日 (木) 11時21分

平均年間10000kmから5000kmで、2項分布でしょうから、週末10kmつまり年間1000km走行の人は全体の10%以下じゃないですか。

現在走っている車齢の平均5.8年ですから、大体10年くらい乗り続けるということかな。

日本人は、10年10万キロが一つの目安じゃないでしょうか。

投稿: | 2007年7月19日 (木) 11時25分

>単純な質問です。走行距離を減らすのであれば、はじめからプリウスも含めて車を買わないのがいいですよね。なぜプリウスを買わなきゃいけないのでしょうか。

走行距離は「徐々に」減らせるからです。ある日突然車がなくなったら生活が困るでしょう。しかし知恵と工夫を意識することで、どんどん減りますよ。ガソリン消費量もCO2排出量も徐々に減るのです。車で自転車をバックアップする安心感があります。

もちろん買わないほうが良いですよ。でもそれは最初からは無理ですよ。すぐには適応できないので、生活の準備が必要です。雨の日もありますし。

走行距離を減らそうと努力するなんてばかばかしいこと、大量消費のバブル以降でも、普通は思いもつかないことなんじゃないですか。

投稿: 健 | 2007年7月19日 (木) 11時47分

エアコンは夏だけでしょうから、年間100kWh節電で、約50kgCO2削減です。
水年間100立方メートル節約で、約30kgCO2削減です。
外食で削減は?です。

年間1トン減らすのは、結構難しいのです。

目標は、国民一人当たり家庭での排出量は、年間合計約0.6トンだそうです。家族4人で2.4トンです。

投稿: 健 | 2007年7月19日 (木) 12時03分

>健さん

私はすべての人がヴィッツクラスの車に乗るべきだなんていっていませんよ。
「予想される走行距離が少なめの人はハイブリッドを選ぶより小型の通常動力車を選ぶべき」だと言っているのです。
もちろん、トータルとして10万キロちかく乗る予定があるのなら、ハイブリッドを選ぶのは良いことだと思います。

それに対して、健さんの意見は「なにも考えずまずはハイブリッドを選んでみようよ」って事じゃないんでしょうか?
適材適所をきちんと考えろといっているのに、「みんながヴィッツで住むのか?」というのは議論のすり替えでしょう。

それから、プリウスの車室スペースだとクラウンクラスやミニバンを比較に出すのはどうかと思います。
カローラクラスでもプリウスより広いでしょう。
まあ、ヴィッツクラスよりはプリウスのほうが広いでしょうが、ハイブリッドはハイブリッドユニットを搭載する都合上、外見が同じくらいの車に比較すると室内の有効スペースは小さめです。
#これはLexusハイブリッドでも言える事ですね

そう考えると、プリウスクラスで実用上問題ない人で、走行距離が少ない人なら、ヴィッツクラスでも十分実用的だと思いますけどね。
そのためにヴィッツクラスと比較すべきだと言ったのです。

ただし、繰り返しますが、「走行距離が少ない人」限定の話ですよ。

>例えば10年前20年前の携帯やパソコンと最新型の中身やサイズを見てもらえばわかると思います

電子機器と自動車は単純に同一視できないでしょう。
そういう話なら、洗濯機や掃除機や冷蔵庫やエアコンは10年前に比べて劇的に製造時の環境負荷が減っていると思いますか?
#使用時の消費電力は減っているでしょうけど、ここでは製造時の環境負荷の話をしています

自動車のように、実際に物を運んだりする機械は電子機器ほどの小型化、省部品化は無理でしょう。

>ととちおさん
>これまでの文脈からは、こういう車は少数だからあまり考えなくていいんだという印象を持っていましたが、本当にたくさんあるのでしょうか

自動車全体からすれば割合は少ないでしょうね。
でも、郊外の住宅地だと、買い物や子供/ご主人の送迎のためだけに使っている車も結構あります。
#私自身がこういった地域に住んでいるので、近所の話を聞くと2~3割の家庭がこういった使用形態だったりします

上でも書いていますが、私は「何も考えずまずはハイブリッドに買い換えましょう」という健さんの意見に反対しているのであって、走行距離がそれなりにあるような場合まで反対しているわけではありませんから、これくらいの割合で走行距離の少ない車が存在するなら十分だと思いますがね。

これが1%にも満たない程度の話なら、それくらいは無視しても良いとは思いますけどね。
#もちろん正確な統計があるわけではありませんが

>mr.kさん
>皆さんは、趣味や教養を広げるための海外旅行も趣味のドライブ以上にやめるべきだとお思いですかね?

私は、こういった部分を無くせるとは思いませんし、無くすべきだとも考えません。
環境問題というのは、よほど切羽詰った状況でもない限り、「如何に生活レベルを落とさずに環境負荷を減らしてゆくか」という問題だと思います。
生活レベルを落としてよいのであれば、いくらでも(といっても限度はありますが)環境負荷は減らせるでしょう。

まあ、意識を変えて「環境負荷の低い行動に価値を見出す」というのも良いとは思いますが、そういったものにも限度があります。

ですから、過去にあった「自家用車を使っているような輩に環境を論じる資格はない」と言った極論には大反対です。
自動車が趣味の人も海外旅行が趣味の人も、それがその人にとってかけがえの無い趣味なのであれば、それを維持した上で環境負荷を極力減らすように努力すれば良いのではないでしょうか。

投稿: b-51 | 2007年7月19日 (木) 12時30分

議論を発散させるようで申し訳ないのですが

地震で東電の原発が停止したための対策として
火力発電所を稼動すると、ガソリンがだぶつくと聞きました。

ガソリンは車以外ではどんな用途があるのでしょうか?
化学原料としての使用先とかがないとどんどん余ってしまうのではないかと・・・

投稿: shin1ro | 2007年7月19日 (木) 12時33分

b-51さん、こんにちは。

年間2000km走行つまり10年で2万キロ以上走る場合は、ハイブリッドにしろ、といいかえるとすると、9割の人が該当すると思います。
タバコが趣味の人は、たばこを吸っていいということですね。

海外旅行に関してですが、今はハイビジョンテレビがありますから、放送を見れば海外に遊びで行かなくても、家でリラックスリフレッシュできるもんですよ。オフセットも流行のようです。2000円くらいですよ。

投稿: | 2007年7月19日 (木) 12時56分

「売り言葉に買い言葉」のような議論はやめて貰えませんか.

投稿: | 2007年7月19日 (木) 15時19分

>「売り言葉に買い言葉」のような議論はやめて貰えませんか.

が、

>タバコが趣味の人は、たばこを吸っていいということですね。

を指すのであれば、ちょっと待ってください。これはこの議論の重要なポイントです。
その通り「吸っていい」のです。今は時間がないのでこれだけで失礼します。

投稿: ととちお | 2007年7月19日 (木) 15時57分

まず、
>皆さんは、趣味や教養を広げるための海外旅行も趣味のドライブ以上にやめるべきだとお思いですかね?

僕の答えはYESです。先ほどの「吸っていい」と矛盾してますね。
「海外旅行はやめるべき」と言われて、それに逆らっても差し当たり問題は起きません。
「タバコは吸っていい」と言われて、それに逆らうためには法規で縛るなり嫌煙権の行使なりする必要があります。
規範と権利の違いです。海外旅行もタバコも、やめるべきだけどやっていいのです。
直接の利害関係がない限り、止める権利はないのです。

海外旅行はやめるべきですが、人に言われてやめるような事ではありません。
自分で考えてやめたくなったときが、やめるべき時です。
結論はb-51さんに近いのですが、
「こういった部分を無くせるとは思いませんし、無くすべきだとも考えません。」
と開き直るよりは、「生活レベルを落とせるならそれに越したことはない」
という方向を向いて、実行はできなくても意識していたほうがいいと思っています。
(もちろん、できないからといって批判や反省をする必要は全くありません)

>もちろん買わないほうが良いですよ。でもそれは最初からは無理ですよ。すぐには適応できないので、生活の準備が必要です。雨の日もありますし。

すぐには無理、というのは個人の様々な事情があるから仕方ありません。健さんは他の人に対してはそうした事情を考慮せず、一元的な対応を求めているように見えます。「自分のやってきたことは人に強要して、できないことは無理の一言で片付けるおつもりですか?」ということです。ここらへんが「一見正論だけど受け入れられない」ジレンマの正体であり、ライフスタイルに対するアプローチの難しい所です。
でも、「できないことは無理」でいいんだと思いますよ。

タバコついでに、
前々からタバコ嫌いの人にアンケートしてみたいと思っていたことがあります。
タバコが人体に無害で、タバコを吸うことで温暖化が抑制されるとします。
そうだったら、皆さんはタバコを吸うことができますか?
部屋の中がタバコの煙でもうもうとしていても、
「環境にいいこと」として気分よくなれますか?
環境にいいライフスタイルに変えていくこと(の難しさ)を考える題材になるかと思い、出してみました。

投稿: ととちお | 2007年7月19日 (木) 22時45分

だーかーら極論に持っていかないでください。

車を手放すのはすぐには難しい。少しずつライフスタイルを変えていく必要がある。工夫をすれば将来可能になるかもしれないし、できないかもしれない。

しかし走行距離を減らすのは、今日からできるでしょうと言っているのです。それも無理ですか?人によっては走行距離を将来ゼロにできるかもしれないし、できないかもしれない。でもとりあえず減らしてみようと言っているのです。今日はたまたま天気がいいから、自転車で移動してみようと思うことです。主張することは、強要することではありません。実際強制力など存在しないのです。

CO2をいきなりゼロにするのではなく、減らそうと言っているのです。これも無理でしょうか。

たばこは中毒なのですぐやめることができない。しかしまずは減らしてみては、ということです。強制ではなく忠告です。

>タバコが人体に無害で、タバコを吸うことで温暖化が抑制されるとします。
そうだったら、皆さんはタバコを吸うことができますか?

たばこは現実に人体に有害ですし、周囲の人にとっても有害で不快です。あり得ない仮定では反論できないですよ。

>海外旅行もタバコも、やめるべきだけどやっていいのです。
直接の利害関係がない限り、止める権利はないのです。

私は海外旅行はやめるべきとは思いません。見聞を広げコミュニケーションをとるいい機会です。ただせっかくオフセットという制度があるのですから、それは利用すると環境的にもよいんじゃないですか。

>「生活レベルを落とせるならそれに越したことはない」
という方向を向いて、実行はできなくても意識していたほうがいいと思っています。

ライフスタイルは、生活レベルを上げるとか下げるとか、プラスかマイナスかを選ぶ2次元の話ではありません。もっと広がりのある3次元4次元の話です。消費するか抑えるかだけでなく、消費総額はそのままでも、もっと豊かさや満足感を感じる方法があるのです。お金の使い道を変えるということです。

投稿: | 2007年7月20日 (金) 08時59分

>車を手放すのはすぐには難しい。
>しかし走行距離を減らすのは、今日からできるでしょうと言っているのです。

これはあくまで健さんの話ではないですか?ということです。中には思い切って車を手放した人も(極論ではなく)実際にいるでしょう。そういう人からは、健さんが同じ事を言われるのです。一方では生活に不可欠じゃないけど面倒くさいから減らさない、という人もいれば、もう十分減らしたから(または生活が苦しくて)これ以上は無理、という人もいるでしょう。いろいろな人がいることを認めてほしいのです。

できるでしょう、という表現だと、できない、やらない人に対する批判の意味合いが強くなります。その辺が読んでいてかなりのプレッシャーを感じるのです(実際には、トータルではCO2を減らしていないわけではない僕でさえ、です)。

>消費するか抑えるかだけでなく、消費総額はそのままでも、もっと豊かさや満足感を感じる方法があるのです。お金の使い道を変えるということです。

これも、人によります。そうでない人の方が多いでしょう。「やってみて初めてよさがわかる」というのは稀なケースだと思っています。ハイブリッドの燃費のよさは気分いいですが、そんなことは買う前からわかっていたし、だから買ったのです。

もっとも、以前
>精神的我慢はある程度は必要になると思いますよ。
と書かれていましたが、こっちの方に同意したいです。「豊かさや満足感を感じる」範疇の変化でいいのか、「精神的我慢も必要」な所まで変えるべきなのかによって、また話も変わってきます。

>私は海外旅行はやめるべきとは思いません。
これも、「しかし、まずは減らしてみては」というのが続くのですよね。

>たばこは現実に人体に有害ですし、周囲の人にとっても有害で不快です。あり得ない仮定では反論できないですよ。

環境問題では、状況が変わって、ヒーローが悪者に変わることがあります。ガソリンエンジンvsディーゼルも、日欧で評価が逆ですよね。状況の変化に対応するために、ありえない仮定で想像することはいい訓練になります。「想定外」のことへの対応にも役に立ちます(ちなみに、僕は喜んで吸います)。言いたいのは、今までやってきたことを変えるのは、簡単にできる人とそうでない人がいます、ということです。

ちょっと問題を変えてみましょう。炭素固定装置が開発されたとして、構造上の問題でタバコみたいな臭い煙を出す。でも家庭からのCO2排出をほとんどゼロにできる。これも無理ですか?

投稿: ととちお | 2007年7月20日 (金) 10時54分

私も吸ったほうがいいと思いますよ。タバコが無害で無臭で中毒性もなくごみも出ずCO2を削減するのならば。吸う人は税金も払ってくれますし。

私自身は吸いませんが。あの吸うときの姿がみっともないと思っているので。あと体臭も嫌ですね。持ち物すべてがヤニ臭くなる。

無害無臭CO2削減のパイプや葉巻ならば吸うと思います。それがうまいかどうかが問題ですが。うまければ吸いますよ。

大事なのは、自分の財布の中身と無関係に、ガソリン価格とも無関係に、ただガソリン消費を減らそうと決意することです。浮いたお金はおいしいものでも食べてもよいし、かっこいい自転車を買ってもよいと思いますよ。

ヒーローと悪者の2択ではないと思います。消費やライフスタイルはもっと4次元以上の広がりのある楽しいものですよ。工夫を楽しんで、不便を楽しんで、ガソリンを減らそう、CO2を減らそうというのです。

日本では、高性能ディーゼルは、メルセデスのEクラスだけですから。高くて買えません。選択の余地がありませんよ。性能や価格をきちんと説明しない売る側が問題です。

投稿: 健 | 2007年7月20日 (金) 11時39分

CO2を排出してわざわざいって、海外で何をするのかというのが問題です。できれば友人や親戚と直接会って、コミュニケーションをとりたいですね。私も海外旅行は年に1回くらいは行きますよ。観光目的だけではないですが。減らしたほうが良いとも全然思いません。

投稿: 健 | 2007年7月20日 (金) 11時53分

無害無臭の炭素固定装置ならばうちにありますよ。
樹木です。今はブルーベリーの収穫時期です。

投稿: 健 | 2007年7月20日 (金) 11時59分

>健さん

こんにちは。

>年間2000km走行つまり10年で2万キロ以上走る場合は、ハイブリッドにしろ、といいかえるとすると、9割の人が該当すると思います。

数字は別として、意味的にはようやく合意にこぎつけたってところでしょうか。
数字の算定にも拠りますが、この数字がその通りならそれはそれで良いのです。
ようするに、きちんと「考えた」上でどうするかを決めろということです。
闇雲に、イメージだけとかマスコミその他のプロパガンダだけを信じ込んで、ハイブリッドを選ぶのはやめたほうが良いということです。

数字に関してはLCAをもっと細かく出してみないとなんともいえないとは思います。
ただ、自動車メーカなんかが絡んでくると政治的な思惑が入ってきてしまうので、出来れば完全に独立した機関に調査検討して欲しいですね。

上でも書いたように、C先生の算定はハイブリッドが通常動力車の二倍の燃費と言う想定があります。
しかし、都市部のみとか特定業種とか特定の季節に限定しない限り、実際には1.5倍も差が有れば良いほうだというのが(ネットなどでの報告を聞く限りでの)私の感覚です。
さらに、(これも上で書いたことですが)走行距離の少ない人なら、別の特別な要因が無い限りプリウスより小型の車でも実用上問題ない場合がほとんどでしょうから、そうなると燃費の差はほとんどなくなりますし、製造時負荷の違いは歴然としてきます。

こういったパラメータをいろいろ変えて、LCA的にどちらが良いのかを算定出来るようなものがあると良いですね。
もし、お時間が有れば是非C先生にお願いしたいところです。
#自分でやれといわれそうですが、情報源もスキルも不足しているもので…

>ライフスタイルを変えることについて
>ライフスタイルは、生活レベルを上げるとか下げるとか、プラスかマイナスかを選ぶ2次元の話ではありません

これは大局的に見ればその通りだと思います。
でも、各個人にとって見れば、ある変化はライフスタイル的に生活の質を上げるか下げるか変えないかのどれかでしかないでしょう。

例えば、海外旅行に行かない(or回数を減らす)事を考えた場合。
その分、高価なAV機器を買って自宅で過ごせれば生活の質としてはかえって向上したと思う人もいるでしょうが、そんなことして何が楽しいの?って人もいるでしょう。
また、車通勤をやめて自転車通勤に変える場合。
それによって、むしろ運動にもなるし町の風景を楽しめたりして帰ってよかったと思える人はいるでしょう。
しかし、交通事故の危険性にビクビクしたり、汗だくになって不快なまま一日過ごさないとならなくなったりしてちっとも良いことなんてないと思う人もいるでしょう。

つまり、境遇も感覚も個人差が大きいものなのですから、ライフスタイルに関してはそれこそ一元的に「こう考えれば別にマイナスじゃないよ」とは言い切れないのです。

ですから、海外旅行も自動車も減らせる・やめられる人はそうすれば良いし、そうでない人は無理することはないということになります。
もちろん、減らせるなら減らしたほうが良いでしょうけどね。
#海外旅行/出張は回数を減らして1回の滞在日数を多く出来ればそれで良いのかもしれません

ちなみに、「考え方を変えて、自動車や海外旅行より環境負荷の少ない趣味に楽しみを見出しましょう」というPR的な行為は別に良いと思いますよ。
健さんのご意見はこのような「お勧め」だとすればそれほど間違ったことは言っていない場合も多いとは思います。
問題なのは、いつも決め付けたような書き方をすること(「車の走行距離なんてライフスタイルを変えれば簡単に減らせる」など)や、前提条件を無視する(「とにかく何も考えずハイブリッドを買いましょう」など)をことでしょうかね。

投稿: B-51 | 2007年7月20日 (金) 12時07分

生活の質を上げるなんて言うのは幻想ですよ。自分が満足すればそれでよいのです。他人と比べないことです。生活の仕方が変わるだけです。上下はありません。

海外旅行を減らしたほうが良いとは、私は全く思っていませんし、書いていません。オフセットできます。

CO2を半減あるいは8割減するには、という目標で、結論を書いているので、皆さんには受け入れられないのでしょうね。家庭では、ガソリン消費からくるCO2排出量が、一番減らしがいがあるのです。ほかに良い半減方法があるとよいのですが。職場の近くに引っ越せば簡単なのですが。

投稿: 健 | 2007年7月20日 (金) 12時39分

>生活の質を上げるなんて言うのは幻想ですよ。自分が満足すればそれでよいのです。

その「自分の満足」は人それぞれ違うということです。
健さんにとってはハイブリッドに買いかえて燃費が上がることが満足なのでしょうが、それを他人に強制するような言い方は避けるべきだということですよ。

自動車が趣味で、現状のハイブリッドカーでは満足できない人にとっては、「ハイブリッドに乗り換えるくらいなら自宅でエアコンを使わないほうがましだ」位に思う人だっているでしょう。
そういった価値観の多様性をもうちょっと考えるべきだと思いますよ。

>生活の仕方が変わるだけです。上下はありません。

個人的には上下の感覚は常に発生するでしょう。
健さんはハイブリッドに乗り換えて燃費が向上したこと、車の使用頻度を下げて自転車を利用することが「生活の質の向上」だと捉えたのですよね?
人によっては、同じ事をしたらそれが「生活の質の低下」と思えてしまう場合もあると言っているのです。

投稿: B-51 | 2007年7月20日 (金) 12時53分

燃費が上がるから満足ではなくて、CO2が少ないから満足なのです。

私個人は、生活の質などとまったく意識したことがありません。ただ健康と持続可能を考えた生活という目標を設定したときに出てくる自然解なのです。食べていけて、屋根の下に家族一緒に住めれば、十分満足です。

ハイブリッドを乗り、エアコンも使いません。両立できますよ。でも満足ですし、快適です。外気は日陰であれば結構涼しいものです。夏は暑いのが当然ですから。夏に多少の汗をかくことさえ拒否する姿勢に問題があります。

趣味も生活の一部なのですから、ライフスタイル全体をイメージすることが大事です。上下ではなくて、私は(あなたは)具体的にどういう生活を送りたいのか、という疑問です。上に背伸びをするからとどかないのです。地面に転がっていますよ。

投稿: 健 | 2007年7月20日 (金) 13時27分

はなしをややこしくするかもしれませんが年間約4000kmしか乗らないカローラ乗りな私がやって参りました。

>健さん
私も色々考えて、私の使い方ではハイブリッドは不要と判断してカローラランクスを買いました。私も満足していますし、間違った選択をしたとも思ってはいません。ま、答えには幅があるってことです。

投稿: 嘘つきさん | 2007年7月20日 (金) 15時57分

幸福を求める個人の生き方は,本来,自由かつ多様なものであるとして,それを広く恒久的に実現するためには,ある社会的制約(例えば,環境問題の解決,地球持続性の維持)の下にどのような社会運営や誘導的な施策を考えればよいかを話題にすることが,こちらの掲示板やHPの主題であるように感じています(このあたりは,主宰者であるC先生に是非ご意見を伺いたいところですが).

従って,社会運営や社会政策(環境対策・温暖化対策)の立案と個人の生き方(生活哲学)は,表裏一体ではありますが,おのずと議論のアプローチの仕方が違うということもあります(どちらかの議論に限定せよと言っているわけではありません).

最初から見ておりますと,健さんは主に後者の視点で書き込んでおられるようであり,他の方は前者の視点が強いように思います.そのあたりを注意していただくと,うまく噛み合った生産的な議論ができると思います.

ここまでがおもに私の言いたいことでして,以下は付け足しなのですが,


途中からの議論の一番の山としては,
「自家用車を頻繁に使わない人は,敢えてLCAが高いハイブリッド車に買い換える必要はなく,そのまま現車を維持した方が環境負荷が少ないのでは」
ということだと思います.

議論に参加されている皆さんはいずれも,ハイブリッド車を社会的に広く普及させることの意義は認めておられるようです.つまり大枠としてのハイブリッド車へ誘導策には皆さん賛成なわけです.

ですから問題となるのは,ハイブリッド車の買い換えが上記のように,社会的コスト,環境負荷の増加につながる例が,あるかどうかだけだと思います.

もちろん,細かい議論としては,

*「頻繁に使わない」とはどの程度か?

* 現車の環境負荷(もちろんハマークラスになると深刻でしょうが)はどの程度か?

* 買い換えにより1台新車(ハイブリッド車)が公道上に登場して,その分1台が公道から姿を消す場合(もちろん消えない場合もあるが)に対して,現車をこれからも長期乗り続ける場合の環境負荷はどの程度異なるか?

などがあります(それをここで詰めていくことは,必ずしも有意義かどうかはわかりませんが).

これらのことを大ざっぱに考慮した上で,ここで議論に参加されている皆さんは,
「限定された条件においてはハイブリッド車への買い換えが(客観的に評価できる要素のみで判断するとして)環境負荷の増加につながるケースがあり得る」
ということに同意できるのではないでしょうか?
まずはそれで充分だと思うのですが,

このことと,「個人がハイブリッド車という環境問題のシンボルとなった自動車を購入したことによってもたらされる燃費以外の様々な影響(恩恵を含む),例えば,発想や生活スタイルの転換や周囲への影響など」を同列に議論することが,議論が噛み合わない原因になっているように思います.ましてや,健さんがプリウスに買い換えられたことの是非自身を問題にしているのでは全くないと思います.

また,喫煙や海外旅行の是非(あるいはそれらの環境負荷)なども社会施策や個人の生き方に関して興味深い話題ではありますが.それぞれの問題が提出された背景を理解した上で議論しないと,ここでは生産的な議論になりにくいように感じます.

なお蛇足ですが,
これからは個人で自動車を所有するライフスタイルに加えて,自動車を公共財として必要なとき(好きなとき)に必要なだけ(好きなだけ)利用するライフスタイルへの誘導なども考えていけると思います.つまり,現状のように個人所有+レンタカーではなく,レンタカーがもっと気楽に利用できる社会を経て,自動車は全てレンタカーになったような社会で,都会では人口あたりの自動車の台数は今よりずっと少ない社会が可能かもしれません.これも誘導策と様々な個人の選択のバランスであるわけですが.

投稿: 麦麦 | 2007年7月20日 (金) 16時16分

元記事の内容では、CO2削減幅を評価しているのですが、排出総量をコストとして評価すべきでしょう。そうすれば走行距離が減れば、コストも減る、と結論できるのではないですか。

走れば走るほど削減幅は大きくなる、と一見効率は上がっているように見えるが、排出総量は増えているのですから。

投稿: 健 | 2007年7月20日 (金) 16時44分

失礼します。
読み進めていくうちに「カーシェアリング」という言葉が思い浮かんだのですが、この言葉が用いられないのは認知度が低いのでしょうか?それとも死語なのでしょうか、レンタカーと変わらないということなのでしょうか、日本人には合わないということなのでしょうか?

投稿: | 2007年7月20日 (金) 16時51分

B-51さん>
>こういったパラメータをいろいろ変えて、LCA的にどちらが良いのかを算定出来るようなものがあると良いですね。
もし、お時間が有れば是非C先生にお願いしたいところです。

私もLCAは専門の1つなので細かく考えたいと思っているのですが、なにせ時間が…。エイヤっとやってしまえばよいのですが、それではこれまでと同じですからね。でもまあ、利用形態の極端を取って、値の幅を見ればおおよそは予測がつくかもしれません。

健さん>
>趣味も生活の一部なのですから、ライフスタイル全体をイメージすることが大事です。上下ではなくて、私は(あなたは)具体的にどういう生活を送りたいのか、という疑問です。

なんか、ちょっと見ない間に健さんの意見と私の意見に違いがなくなっているようです。これは私がずっと主張してきたことと同じです。

ただ・・・
>生活の質を上げるなんて言うのは幻想ですよ。自分が満足すればそれでよいのです。
とか
>私個人は、生活の質などとまったく意識したことがありません。ただ健康と持続可能を考えた生活という目標を設定したときに出てくる自然解なのです。食べていけて、屋根の下に家族一緒に住めれば、十分満足です。

は、言葉として矛盾しています。「生活の質(QOL)」概念では、「自分が満足すれば」=「生活の質(QOL)」が高いのです。自分自身が満足・幸せなライフスタイルを送れることが「生活の質」が高いのです。ですから、私やB-51さん、麦麦さん、ととちおさんもここにおいては違いがないと思います。
結局は何に満足を感じるか、でしょうが、私や麦麦さんが言われているように、みんなが同じライフスタイルや方向を向く必要はなく、全体の社会的制約(私はこれを環境容量・キャップと表現しましたが)の中で個人が可能な限り満足なライフスタイルを送ることが環境配慮を進める第一歩でないでしょうか。ここまでは「社会受容性」も高い気がします。

付け足しですが、私もグリーン電力証書を取るなどしてカーボン・オフセットはしてます。ただ、たとえ1回でも海外旅行分はとても無理です。5000km走るよりも一回ヨーロッパ往復するほうがはるかにCO2は多いので・・・。

麦麦さん>
>海外旅行の是非(あるいはそれらの環境負荷)なども社会施策や個人の生き方に関して興味深い話題ではありますが

海外旅行について出したのは私ですので。これを出したのは、移動手段の選択と環境負荷について、もう少し議論したかったからでした。今となっては少し浮いているとは思いますが。公共交通機関にしても、乗車率が低ければダメだし、電化されてないところはどうなんだ、という話もありますし。

名無しさん?>
>「カーシェアリング」という言葉が思い浮かんだのですが、この言葉が用いられないのは認知度が低いのでしょうか?それとも死語なのでしょうか

認知度も低くなければ、死語でもないと思いますよ。私が書いたPSS(製品サービスシステム)概念には、カーシェアリングも含まれます。

投稿: mr.k | 2007年7月20日 (金) 17時51分

>健さん

一つお聞きしたいのですが、「C先生の試算記事で2万キロ走らないとLCAとしてはハイブリッドの方が環境負荷が高くなる」という点には(2万キロという値は別として)納得しておられるのでしょうか?
これが納得できるのか出来ないのかで話が大きく違ってきます。

一時期は数値の問題を除けば納得していたのかと思っていたのですが、今回の記事でまた疑問を感じました…
もし、納得できないのであれば、LCAとは何かと言うのをまずは検索するとかC先生の古い記事を読むとかして理解してもらわないと、いつまで経ってもかみ合った議論にはならないかと思います。

もし、LCAとは何かを理解したうえでの発言なのであれば、そろそろ言うことはなくなってきました。
もう一度今までのやり取りを読み直してみてくださいとしかもういえませんね…
何度も言うように、「CO2削減に繋がるようなライフスタイルをカッコイイ生き方だと思えるようになりましょう」ってお勧めをしたいだけなら別にそれはそれで良いんですけどね…

>名無しさん
カーシェアリングは確かにできるなら理想でしょうね。
でも、現実的にはかな~り難しいでしょう。
そういう意味で、私は合えて話題には出しませんでした。
#今回の議論はあくまでここ10年程度の話だと思っていますので

投稿: B-51 | 2007年7月20日 (金) 22時01分

自動車の話は、議論が一段落したのではないでしょうか。たくさん走る人ほど、(ハイブリッドに変えたときの)メリットが大きい、ということが( )が抜けた意味で受け取られてしまったのが誤解のもとで、理屈自体は皆さん理解したと解釈します。

ライフスタイルの話をmr.kさんの意図と違う方向に展開した(すみません。その話も興味がありますが…)のは僕に大きな責任がありますが、日頃環境問題の中で一番もやもやしたものを感じている部分でしたので、長々とやらせていただきました。これまでのところ、健さんの考え方はエコライフを実践している方々の典型的なもののように思えましたので、いいチャンスと思い、議論させていただいたわけです。

b-51さんも書いておられましたが、多様性を認めておられるのに、結論がガソリン一辺倒なところに引っかかってしまいました。ご提言に対して「僕には無理です」と答えて終わらせてしまえばよいのかも知れませんが、「できます」と断言されてしまうと、何かすごくこっちが悪者扱いされているような妄想を持ってしまうのです。

CO2半減、80%削減という話から、一番大きいのはガソリン→ここを減らすしかない、という思いが、そうさせてしまっているようだということも分かってきました。

僕は周囲の人に対しては、「自分は××をやりました。でも、みんなが同じ事をする必要はありません。自分のできることを、できる範囲でやればいいのです。見つからなくても大丈夫。そういう意識を持っていればそのうち自然に変わってきます」という話をしています。これなら大分印象は違うと思うのですが…

#でも、健さんには「海外旅行も減らせますよ。簡単にできます。楽しいですよ。」と言いたくなってしまうんですよね。ちなみにオフセットは、ガソリンでも何でも同じ話だと思っていましたが…
#麦麦さんのような冷静な交通整理役が目標なのに、まだまだ修行が足りません。

投稿: ととちお | 2007年7月20日 (金) 23時30分

私が納得したのは、2万キロという数値です。もちろんLCAは理解しているつもりですよ。それが2万キロ以上ならばハイブリッドでOK、つまりほとんどすべての人にとっては、ハイブリッドでOKということです。2万キロという数値が疑問でもっと大きいはずだっということならば、そのうちに「正確」な数値が出るでしょう。

今回の元記事の排出幅をメリットとするか、排出量をコストとするか?ということに関しては、完全無視ですか?走れば走るほど「メリット」があるというのも嘘だと思います。何のメリットでしょうか?走れば走るほどハイブリッドでも排出コストが増えるのです。仮定したときの排出削減量ではなく、実際の排出総量が問題ですよ。

かっこいいとか悪いとか、上とか下とか、そんなことが問題じゃないんですよ。まず半減目標にどうやってアプローチするか、「できる範囲」でやるという「ぬるい」考えで、半減できるのか?80%減できるのでしょうか?どうやって1世帯2.4トンにするか?

実現には「決意」のようなものが必要ですよ。

投稿: | 2007年7月22日 (日) 05時58分

>理屈自体は皆さん理解したと解釈します。
すみません、撤回します。

>走れば走るほど「メリット」があるというのも嘘だと思います。

走れば走るほど「メリット」があるとは誰も言っていないはずです。ですから、それが嘘であることも皆さん理解しているはずです。ここで言っていることは、大筋では健さんの以前の主張である「まずハイブリッドに乗ってみろ」に沿ったものです(無条件で、というところが問題になったのですが)。基本的なところでは健さんと他の人に食い違いはないのです。

>かっこいいとか悪いとか、上とか下とか、そんなことが問題じゃないんですよ。まず半減目標にどうやってアプローチするか、「できる範囲」でやるという「ぬるい」考えで、半減できるのか?80%減できるのでしょうか?どうやって1世帯2.4トンにするか?

半減・80%減という目標を前提にするか、「できる範囲」でのアプローチで積み上げていくか?
楽しみながらできるのか、「決意」のようなものが必要なのか?
このへんの基本スタンスが定まっていないと、議論は難しいですね。

消費行動だけでそれだけの削減、ということを本気で考えるなら、相当な決意が必要であり、「海外旅行を減らす必要はない」とか「車をなくすのは現状では無理」といった健さんのコメントも「できる範囲」を示しているに過ぎず、「ぬるい」と言わざるを得ません。

この点にしても、健さんも他の人も、「できることはやっている。できないことは無理」ということでは一致しているのだと思います。ではどうやって目標達成?という話は、もっと消費スタイルを超えて制度・産業・教育などを含めた全体で考えなくてはいけないことでしょう。

投稿: ととちお | 2007年7月22日 (日) 14時51分

私の考えはちょっと違います。

まず決意が必要。

そのうえで、
できることをやっている人がいるが、やっていない人がたくさんいる。
やっている人を増やせば、2012年までの目標を前倒しで達成。ちょっとしたエコ行動や節約行動「だけ」では難しい。

できないことは昨日と同じ今日では無理だが、価値観、ライフスタイルを変えれば(意識すれば)、明日からできるようになる。消費額を抑えずに、消費スタイルを変える、消費の方向性を変える。
2050年までの目標を早期に達成。
電気、ガソリン、ガス、灯油、水道、ゴミ、で家族4人CO2年間2.4トン排出は、40年イノベーションを待つ必要はなく、今でも実現可能。

情動的ではなく、知性的論理的な環境教育消費教育経済教育を行えば、税金を設定しなくても、目標を実現できるのでは。

投稿: | 2007年7月23日 (月) 08時58分

>健さん

ととちおさんの整理もあって、健さんの考えは大体理解できました。

結局のところ、CO2削減を「急務であり死活問題である」ととらえるのか、「そこまでクリティカルではないが将来的にはかなりインパクトのあること」と捉えるかの違いなのかもしれません。
#健さんは前者でしょうか

ただし、もし死活問題であり急務だと考えるなら、ライフスタイル云々に頼っていたら絶対間に合いませんよ。
むしろ、法制化で強制して強引に進めないと無理です。

さらに、急務だと考えるなら、健さん自身のやっていることだって、まだまだ「ぬるい」のではないでしょか?
#この点は他の方々も指摘しておられますが

ご自身が、「職場の近くに引っ越せば車自体を所有しないという選択肢が生まれるのですが」と言っているように、急務だとご自分が考えているのなら、そうすればいいのではないですか?
そうしないのは、そこまで緊急性のある問題ではないと内心思っているからか、自分だけそんなことをやっても意味が無いと思っているかのどちらかでしょう。

いまのところ、世界的な常識としては、後者の考え方で、極力排出量を減らす努力をすべきだが、それによって経済などが破綻するほどの緊急性は認められないということだと思います。
だからこそ、「出来るところから」「出来る範囲で」という考え方(C先生流に言うと「軟着陸を目指す」という方向)なわけです。

そういう状況なのですから、提言として言うにしても、もうちょっと各個人の状況と言うものを考えた発言をすべきだと思います。

私はキリスト教徒ではありませんが、ちょうど良い故事がありますので、キリストの故事を引用しておきます。(記憶の範囲での要約です)

------------------
とある村で、イエスの一行は寄付を募集しました。
そこに、村の有力者が莫大な大金を寄付しました。
また、貧しい小間使いの少年はパンを一つ寄付しました。

村人は、有力者を褒め称えましたが、イエスは少年を褒めました。

イエス曰く、「少年は自らの財産のほぼ全てであり、その日の唯一の食料でもあるパンを全て寄付した。有力者の寄付は額は多いが、彼の財産からすればほんの一握りでしかない。故に少年の信仰の方がすばらしい」
------------------

実際問題として、健さんの生活状況は知りようが無いので、健さんがこの有力者に近いのか、少年に近いのかは解りません。
ですが、他人の寄付が「パン一つ」だからといって、非難するような書き方は避けるべきだと思いますよ。
結局のところ、現時点では、皆が自分の生活基盤を維持出来る範囲で、(正確な知識の元に)出来ることをやれば良いのではないでしょうか。

ちなみに、括弧で書きましたが、「正確な知識の元に」ってのも重要ですね。
いくら身をやつしたところで、見当違いの努力をしたのでは効果は有りませんので。
例えば、上の故事のような状況で、これからも旅を続けるイエス一行に、家や田畑を寄付したところでありがた迷惑にしかならないでしょう。

投稿: B-51 | 2007年7月23日 (月) 12時15分

なんといいますか
健さんからすれば、文明人みんなその例えの富豪だろうよ、ということなのでしょうね。
ただ、妄信、狂信しろというのはちょっとね、もしくは妄信者以外には響かない手段だよというのがB-51さんの意見で良いのかな。

投稿: z | 2007年7月23日 (月) 13時01分

では、お答えください。
環境学に造詣の深い皆さんは、2012年の目標を達成できるとお考えですか?
2050年はどうでしょう?
どうしたら半減できるのか、また得意の政策ですか?
お金がないと予算がつかないと、できないのでしょうか?

CO2半減が無駄なら、私もあほらしくなりますが。狂信盲信してやってる本人が馬鹿だったということでしょうか。

そのたとえ話が何を例えているのか、私にはわかりませんが、なんだか関係ない孤児を引っ張り出して、私がそのように主張しているという誤解を与えようという意図が見えています。

イエスキリストは寄付に優劣をつけるのですか?本当ならば、私は仏教徒でよかったと思います。少年は明日から、もうキリストにすがるしか、生きられないのですから。過去のどっかの教団のように出家するのが良いという考えでしょうか?

排出をゼロにするのではなく、半分にする。これは余裕でできるはずです。B-51さんの考えのように、全資産を投入しないとできないのでしょうか。
不景気になるとお考えでしょうか?何か皆さんが、損することではないですよ。ただできにくい社会の仕組み、エネルギーの使い方になっていることは確かです。
不良債権を処理すると、不景気になる、と皆さん7年前は思いこんでいたんじゃないですか?

だいぶ皆さん誤解しているようですが、職場の近くに引っ越せば、走行距離を「減らせる」、と書いているのです。雨の日は車で、天気の良い日はアシスト自転車で通勤、これでガソリンは半減できます。ゼロにする必要はないのですよ。
私は極論を説いているのではありません。皆さんの作り上げた私の理論ほうがよっぽど過激だ。

投稿: 健 | 2007年7月23日 (月) 13時55分

だって現実にCO2を減らした生活のほうが快適なんですから、それを人に勧めているのです。

それも政策がどうの、予算がどうの、税金がどうのっていうのは、企業に向けてやってもらって、個人の生活には、マインドを変える、ライフスタイルを見直す(人によって反省を促すこともあって苦しいでしょう)、これで充分半減できるといいたいのです。

>ただし、もし死活問題であり急務だと考えるなら、ライフスタイル云々に頼っていたら絶対間に合いませんよ。
むしろ、法制化で強制して強引に進めないと無理です。

私は無理じゃない、むしろ簡単だ、簡単に解決できる問題だ、というのが、半減生活を実際にしてみての感想です。皆さん難しいと思いこみすぎているのでは。

今日も外気温32度ですが、エアコンなし扇風機なしで快適です。むしろ涼しく感じる木造建築、湿度35%。排出ゼロの夏。

投稿: 健 | 2007年7月23日 (月) 14時13分

まあだから、キリスト教が全盛?のこの時代こんな世界なのかもしれませんけどね。

みんながちょっとずつ、は大事なことですね。
具体的な成果が見え辛いもので、評価されにくいものですが。

>今日も外気温32度ですが、エアコンなし扇風機なしで快適です。むしろ涼しく感じる木造建築、湿度35%。排出ゼロの夏。

締めの一文が極論に聞こえるのが残念
エネルギー効率的には一極集中がいい、でもその側に住んで32度でエアコンなし扇風機なしの建屋は現実的に見えない。

投稿: z | 2007年7月23日 (月) 18時40分

>zさん

例の故事は妄信とかのために引用したのではなく、「各々出来る限りの努力をすればよい」という意味のたとえ話です。
結果の絶対量を見るのではなく、相対的にどれだけ努力をしたかを評価するということですね。
#件の故事はキリスト教のものですから、当然イエス一行への寄付は「正しいこと」だという前提があります

環境にしても、各人の生活環境等々によって、出来る範囲は千差万別ですから、そういった違いを無視して「俺はこれくらいの節約は苦も無くできているぜ。あんたらは何をしているんだ」っていうような言い方はすべきでないと言いたいのです。

余談ですが、私自身、きちんとした教育が得られる状況では、宗教は不要なものだと思っています。
#むしろ害悪の方が大きい
しかし、宗教上の教えや逸話というものは、人間が社会を効果的に運用するために、長年かけて作り上げてきたツール(数学や物理学の公式みたいなもの)であることも事実です。
#支配階級が被支配階級を効果的に統治するためのものまで含まれているのが厄介ですけどね
そういう意味では、宗教上の逸話などを知識として学んでおくのも悪いことではないと思いますよ。

>健さん

何度も書いているように、正確な知識に基づいての「提言」なら何も問題はないのです。
例えば、(何度も言うように数値はあくまで現時点でのC先生の算定によりますが)「2万キロ以上車に乗るつもりで、経済的余裕があるのなら、クラウンとかを選ばずにプリウスを選びましょうよ」ってくらいなら誰も文句は言いません。
それを「何も考えずとにかくハイブリッドに乗ってみろ」とか「エアコンなんて使わなくても充分快適に過ごせます」とか、前提をまったく無視したり、各個人の状況なんて鑑みるつもりもないみたいな言い方をするから問題なのです。

今回だって、いろいろ言いつつ最後はいつものトーンで締めくくっていますよね。
都市部のマンションに住むしかないような人にそんなことを言ったってまねなんてできないわけですよ。
そして、そういった人はエアコンを使っているかもしれませんが、別の部分ではいろいろ工夫したり我慢したりして、健さんより環境負荷の少ない生活をしているかもしれませんよね?

まあ、健さんの意見も結果的にずいぶん長く見てきましたから、健さんもそういった「ちゃんと努力している人」に言っているわけではなく、「環境事なんか何も考えず生活しているような人」に向けて言っているのだろうことはなんとなく解ってはいますよ。
でも、健さんの意見は「意訳」しないとそういう部分が見えてこないのが問題だと私は思います。

投稿: B-51 | 2007年7月23日 (月) 21時37分

朝のコメントを拝見して、僕自身は冷静さを取り戻したのですが、再燃していますね。

>だって現実にCO2を減らした生活のほうが快適なんですから、それを人に勧めているのです。

僕も日によってはCO2排出量の少ない手段を選びますが、全然快適ではありません。自転車通勤は疲れます。木造ですが暑い日はエアコンが恋しいです。これが実際にやってみての感想です。

こう書くと、「決意が必要」とおっしゃられますが、決意ということは結局快適でないことを認めておられるのではないでしょうか。「快適」と「決意」が行ったりきたりしているのでいたちごっこになっている印象です。

恐らく、決意を超えたところに快適がある、というイメージだと思われますが、成り行きまかせでみんなが決意するようになるのでしょうか?

>情動的ではなく、知性的論理的な環境教育消費教育経済教育を行えば、税金を設定しなくても、目標を実現できるのでは。

健さんの真意はここにあるのではないかと思います(一番冷静な時に書かれたものですし)。

(これにしても政策によるものだと思うし、お金もかかるので、「どうしたら半減できるのか、また得意の政策ですか? お金がないと予算がつかないと、できないのでしょうか?」と矛盾するのですが、まあ置いておきましょう)

教育とはどのようなものをイメージしておられますか?政府あるいは市民活動によるキャンペーンのようなものでしょうか?

失礼ながら、ここまで多大な努力をつぎ込んで議論して、他のメンバーにご自説が理解されたとお思いでしょうか。この掲示板を読んでいるであろう大勢の人が快適なCO2半減に向けて動き出すに違いない、という感触はお持ちでしょうか。
僕はともかく、他の皆さんは環境についても、今の危機的状況についても相当の知識を持っていると思います。そういう人たちにどのような教育をしたら、考え方を変えさせることができるのでしょうか?


政策には新たなお金が必要とは限りません。制度次第では、教育に必要なお金もCO2排出量の多い人が払ってくれます(排出量の少ない人の所得税や住民税も肩代わりしてくれるかも知れません)。

結局は、実現性の高い方法は何か、という点の認識が決定的に違うのですね。我々だって絵空事でなく、どうやって実現するかを考えている点では健さんと一緒なんです。

最後に、教育で言えば初等教育での環境教育は重要かつ効果大だと思います。それにはまず教師の教育が必要と感じます。

投稿: ととちお | 2007年7月23日 (月) 23時20分

だいぶ皆さんの考えがわかってきました。もう少しお付き合いください。

私もまとめてみました。

私の主張
10年で2万キロ以上のる人は、ハイブリッドカーに乗れ。そのうえで、車の走行距離を減らせ。その分はアシスト自転車を使え。アシスト自転車は疲れない、汗が出にくい。

家のエアコンを切れ。家の中の熱の発生を抑えろ。

CO2を半減するのは、ライフスタイルを変えれば簡単だ。不便を楽しめ。ある程度の便利さの我慢で、却って快適になる。

こんなところでしょうか。

皆さんの結論は、
車は、今は買い換えない。将来はコンパクトカーにする。
エアコンは切れない。切ると暑い。省エネエアコンに買い替えろ。
CO2を減らすのは難しい。できることをすればよい。ライフスタイルを変えるのは難しい。ある程度は我慢するが生活が不快になる。不快なことは避けたい。

こんな感じでしょうか。

つまりCO2半減をしようとすれば、暑すぎ、寒すぎ、疲れ、不快になる。我慢を強いられるから、できにくい、できる範囲で我慢する。快適な生活の半減方法は、今はない。つまりCO2半減生活は、不快で我慢だということです。
こんな感じでしょうか。

私が実際に経験していることは、CO2を半減する生活は、かえって気持ちいいということなのです。そこが決定的に違うのではないでしょうか。

この違いの原因を具体的に明らかにすれば、CO2半減生活の快適さを理解してもらえるのではないでしょうか。そうすると方策も見えてくると思います。

たとえばコンクリート造でも木造でも暑い、一方で木造で風を通して涼しく過ごしている人もいる。自転車は暑いので、エアコンの効いた車で移動したい、一方でアシスト自転車で快適に移動している人がいる。そんなちょっとした違いの積み重ねで、快適か不快か、結論が違ってくるのでは。

夏は昔から暑かった。暑いのが当たり前、ある程度は汗をかくのが当たり前です。

投稿: | 2007年7月24日 (火) 08時55分

>この違いの原因を具体的に明らかにすれば、CO2半減生活の快適さを理解してもらえるのではないでしょうか。そうすると方策も見えてくると思います。

基本的には、その人の生まれついての性格、体質、育ってきた環境に依存するのでしょう。しかも、多くの人にとってそれを変えるのは容易ではない(できる人は、もともとそういう性格、またはそういう教育を受けてきたということ)。

例えばアトピーなどで、汗をかくと大変なことになる人もいれば、足の悪い人もいます。原因を明らかにしようとすれば、そうした個別の事情を全て洗い出すような膨大な作業になってしまいそうです。

さらに、原因がわかったとして、対策が見えてくるのかどうか。この点もちょっとアイデアが湧いてきません。


もう一つの議論として、

>私が実際に経験していることは、CO2を半減する生活は、かえって気持ちいいということなのです。
>つまりCO2半減をしようとすれば、暑すぎ、寒すぎ、疲れ、不快になる。我慢を強いられるから、できにくい、できる範囲で我慢する。快適な生活の半減方法は、今はない。つまりCO2半減生活は、不快で我慢だということです。

この2つは、実は同じ事を表現を変えて言っているに過ぎない、という可能性が高いことです。こういう考え方をなかなか理解してもらうのは難しいのかも、と少しあきらめモードですが…
前者である健さんも、僕から見て簡単に(快適に)できることをやっていない例がありましたし、後者である僕も、不快でないことはやってきました。15年前と比較した走行距離は1/3です。今は給湯の省エネと食べすぎの抑制に着手しています。これからも排出量は減るかもしれません。またちょっと刺激的な表現になってしまいますが、僕らも健さんも、同じ穴のムジナなんですよ、ということです。


上の話と似ていますが、B-51さんのフォローとして、「ハイブリッドカー、走行距離、エアコン以外で半減できる人は、それでもいいのではないでしょうか?そういう人もそれらを減らさなくてはならないでしょうか?」という問題もあります。これがYESなら、また海外旅行、自動車なし生活の話を持ち出して泥仕合になってしまいます。これらも極論などではなく、実際にやっている人が存在するのです。雨の日に自転車通勤している人もいますよ。

投稿: ととちお | 2007年7月24日 (火) 10時14分

もう一度書きますが、CO2 1世帯2.4トンの生活は、快適です。皆さんにお勧めしたい。

不快でもなく、ぎりぎりと歯を食いしばって我慢でもない。そして2050年ではなく、1,2年のうちにできること。もちろん資産を食いつぶすこともありません。

>ハイブリッドカー、走行距離、エアコン以外で半減できる人は、それでもいいのではないでしょうか?そういう人もそれらを減らさなくてはならないでしょうか?
~しなければならない、減らさなければならない、わけではありません。だからまず減らそうという「決意」が必要なのです。その決意の上に立てば、「当然減らす」というのが自然の結論です。我慢ではなく、当然そのほうが快適だからです。

私の中で「CO2を減らす」のは「嫌なこと」「マイナス」「義務」じゃないのです。生活ゲームなのです。面白いからしているのです。そこがどうも皆さんと違うのでは。

投稿: 健 | 2007年7月24日 (火) 10時40分

>~しなければならない、減らさなければならない、わけではありません。だからまず減らそうという「決意」が必要なのです。その決意の上に立てば、「当然減らす」というのが自然の結論です。我慢ではなく、当然そのほうが快適だからです。

もう一度確認させていただきますが、将来的には、自動車そのものをなくすことや海外旅行を減らす可能性も考えておられますか?

投稿: ととちお | 2007年7月24日 (火) 11時10分

海外旅行は減らそうとも増やそうとも思いません。必要なときに行くだけです。

自動車は長ければあと20年、修理しながら乗り続けるつもりです。といっても年間平均4000km以下でしょうが。走行距離は減らします。しかし手放しません。毎日ではないですが、必要な時があるからです。20年後、60歳くらいで手放すかもしれません。その時のライフスタイルによります。

なくす可能性はゼロではない。なくしても生活できる。しかしなくさない。その辺のバランス感覚が難しい。ゼロでも1でもなく、0.2や0.3くらいのバランスです。

投稿: 健 | 2007年7月24日 (火) 11時41分

お邪魔します。

健さんは、御自分が快適と感じる生活を他の方に勧めているだけなんですね。そうであれば、議論では有りませんから、あまりお節介にならないようにした方が良いのではないでしょうか。

快、不快は感覚的、主観的なものです。
自分が快適と感じることを人に押し付けてはいけませんし、相手が不快と感じていたらやめるべきでしょう。

議論をするつもりなら、CO2削減と言う客観的テーマに限定しないと、発散すると思います。

私は、環境問題にロハスとかライフスタイルみたいなイメージ戦略が絡んでくると、うんざりします。格好悪くても不快でもしなければならないことはしますが、不快に感じるのが悪いといわれると余計なお世話と感じます。これもまた、感覚的なことですが。

投稿: zorori | 2007年7月24日 (火) 11時47分

いやいやこうして議論していくと、CO2半減が、不快な生活を招くか、快適な生活を招くか、ここがすれ違いの原因だということがわかりましたので、私にとっては大収穫です。

主観こそが大事だと思いますよ。我々は経済原理で行動を制御しているロボットではないのですから。もちろんCO2削減という客観テーマが大事ですが、それが快不快という人間の主観によって左右する、という認識が大事です。

快適も1種類ではないということです。クーラーで冷やす快適もあれば、自然の風を通す快適もある。自動車でエアコンを効かせてアイドリングをする快適もあれば、アシスト自転車で風を感じる快適もある。エネルギーを使う(多い)快適と、使わない(少ない)快適がある。1方向ではない、優劣ではないのではないでしょうか。しかしCO2排出を減らそうと決意すると、優劣が出てくる。

>格好悪くても不快でもしなければならないことはしますが、不快に感じるのが悪いといわれると余計なお世話と感じます。
私が「不快に感じるのが悪い」と書いていますか?しなければならないことなど今のところないのです。

投稿: 健 | 2007年7月24日 (火) 12時10分

とりあえず健さんの説を中心とする一連の議論への自分なりのまとめです。
私の意見は以下の通りですので、新たな展開が無い限りこの辺で打ち止めにして置きます。

結局のところ、健さんの主張は、あくまで健さん独自の立場や趣向ではCO2削減努力が「努力」ではなく「楽しみ」になるってだけのことですよね?
なので、他人が同じ事をできるとは限らないというのが、皆の意見だと思います。
それを強行に「変な知恵をつけずに、場合分けせずに、無条件でまずハイブリッドに乗ってみろ、話はそれからだ」みたいな言い方をするから紛糾するのでは?

あくまで、「私はこんな生活を送って楽しみながらCO2削減を目指す生活を送れています。皆さんも考え方を変えてみては?」程度の言い方なら誰も反論しないのではないでしょうか。
私自身こういった言い方なら反論はしませんし。

要約すると、健さんは自分のライフスタイルを正しいものとして、他の人のそれを間違っているような言い方をしているのが問題だということです。
自分なりに精一杯努力しているのに、そういった言い方をされたら反論したくなるのは理解できるかと。
もし、健さんが誰かに「お前のやり方は生ぬるい」みたいな言い方をされたら当然反論したくなるのではないでしょうか。

投稿: b-51 | 2007年7月24日 (火) 12時37分

皆さんの話は大変参考になります。

つまり皆さんは、CO2を削減するのに、つらい努力と義務、不快を我慢、してるってことですね。そこが私と食い違う。

私の場合は、CO2を削減するのが、楽しい努力やゲーム、快適生活、と一致するのです。やってみて初めて分かったことですが。

そこの経験と経験からくる発想がどうも違うようですね。

投稿: 健 | 2007年7月24日 (火) 13時11分

健さんも、いい悪い、正しい間違っているという話はしていないと思います。

>いやいやこうして議論していくと、CO2半減が、不快な生活を招くか、快適な生活を招くか、ここがすれ違いの原因だということがわかりましたので、私にとっては大収穫です。

ここが違います。すれ違っていると思うのが健さんで、同じことだと思っているのが僕です。そこがすれ違っているのです。

航空機のCO2排出もかなり問題になっていて、伸び率も高い。自動車同様なんとかしなくてはいけない部分です。確かに一人乗るのをやめたからといって削減量はわずか(ゼロではない)ですが、一便まるごと減らせるようになれば効果は大きいです。

自動車を減らすのは「決意」で、海外旅行は減らさない。この違いを生み出す「基準」は健さん一人のものに過ぎません。以前、極論という話がありましたが、極論かどうかも主観です。人によっては走行距離やエアコンも極論です。いや、快適だ、決意だ、とおっしゃるなら海外旅行も決意です。簡単にやめられます。いや、それは極論だ、とおっしゃるなら自動車もそうです。これもいたちごっこです。

僕の主張(結論)は、健さんを含め、みんな自分のできる範囲でCO2削減をやっているに過ぎない。それ以上のことは誰もしていない。以上です。

投稿: ととちお | 2007年7月24日 (火) 13時34分

>つまり皆さんは、CO2を削減するのに、つらい努力と義務、不快を我慢、してるってことですね。そこが私と食い違う。

>私の場合は、CO2を削減するのが、楽しい努力やゲーム、快適生活、と一致するのです。やってみて初めて分かったことですが。

仮にそうだとして、ではどうやって目標を達成するか?ということを考えていかないといけませんね。みんなが削減するようになるためにどうするか?(不要とする人もいますが、健さんのような方がこういうアプローチで考えるのは意義があると思います)

これ以上はどこかに場所を変えてやった方がいいかも知れませんね。

投稿: ととちお | 2007年7月24日 (火) 13時45分

そうすると、ととちおさんの論理で、CO2は半減できるということでしょうか。「自分のできる範囲」はこのままでよいのでしょうか。

投稿: 健 | 2007年7月24日 (火) 13時50分

海外旅行というのは、たぶん航空機のCO2排出量を問題にしているのでしょうから、年に1回と書きました。国内旅行ですから、将来(たぶん来年)は新幹線に切り替えます。最近海外に行ったのは、3年前でしょうか。我が家のCO2排出総量に占める航空機利用のCO2排出量の割合は少ないです。多い人は減らせばよいのでは。

自動車は減らしがいがありますよ。運輸部門のCO2排出の9割くらいが自動車のようです。

私が言いたいのは、海外旅行(航空機利用)をゼロにする必要はないのでは、ということです。

投稿: 健 | 2007年7月24日 (火) 14時52分

自動車は全体では減らしがいがありますが、中には航空機の方が多い人もいるでしょうし、どちらも「多い人は減らせばよい」し、「ゼロにすることはない」わけです。

>そうすると、ととちおさんの論理で、CO2は半減できるということでしょうか。「自分のできる範囲」はこのままでよいのでしょうか。

政策を含めて、ということでしたら、確実に半減できるとは言えないものの、みんなの「決意」や「快適」の範囲での変化よりは可能性は高いと思っています。「自分のできる範囲」も、このままでよいということはないでしょうし、これからも少しずつ変わっていくでしょうが、それを予測することも(各自の自主性の範囲では)コントロールすることも難しいですから、半減への道のりを考える上では勘定に入れないほうがいいように思います。

投稿: ととちお | 2007年7月24日 (火) 16時18分

>健さん
>私が「不快に感じるのが悪い」と書いていますか?しなければならないことなど今のところないのです。

失礼しました。
そうであれば、私とも、他の方とも意見の相違はありませんね。そもそも意見とか主張があったわけではなく、趣味の勧めに過ぎなかったわけですから。だれも健さんの生活スタイルを批判していないし、健さんも他者に押し付けているのでもないのですから。

でも、快適な生活を言い出される前には、主張があるような書きぶりに見えました。また、CO2を半減できるのかという問いかけは、単なる快適生活の勧めでは無いですね。そして、中古車として使われることを考慮すれば、自分が使う期間が短くてもハイブリッド車が望ましいというご意見は説得力があると私は感じたのですけどね。私はそこまで考えが至っていなかったので、なるほどと思いましたが。

投稿: zorori | 2007年7月24日 (火) 21時12分

皆さん、色々なお考えや意見があるということのようですが、どうにも自動車と自転車しか比較対象になっていないようです。

いくらプリウスが燃費が良くて環境によいといっても、ホンダのスーパーカブが忘れられているように思います。
メーカーのカタログ値では、30km/h定地走行値ですが、146.0km/Lという画期的なデータが出ているわけで、天気なら単なる自転車、雨ならカッパを着てスーパーカブってのも比べてもらって良いのではと思います。

新車購入時の環境負荷も、遙かに低いんですが、問題は乗車定員が1名ということだけですね。90ccなら2名乗れますが、さすがに燃費が落ちてしまいます。

投稿: ぬりかべ | 2007年7月25日 (水) 22時25分

CO2半減、家族4人年間2.4トン排出でも、結構快適だし今すぐ実現可能だ、といいたいですね。光熱水道ガソリン代も年間2、30万円安いですし。お勧め。

多少の雨ならしのげる、屋根つき3輪バイク、定員大人二人子供二人、燃費50km/l、ならば魅力がありますね。愛知万博の3輪屋根つき電動自転車はどうなってしまったのでしょうか。

投稿: | 2007年7月26日 (木) 13時40分

定員大人二人子供二人、燃費50km/lの3輪バイクは安全性や走行安定性に問題がありすぎると思いますよ。
東南アジアで走ってるような荷車付の奴みたいな感じになるでしょうからね
(現行法では日本の道は走れないでしょうね)


運搬量に対する燃費を上げるだけなら技術的には即座に可能な方法がありますよ?
相乗りすれば良いんです。
これだけで一人当たりの移動で排出されるCO2は半減に近くなるでしょう?
アシスト付自転車なんて電力も製造コストもかかるものよりも遥かに効率的です。


ミニバンだってワゴン車だって運転手のみの燃費で考えるから割が悪いのであって定員きっちり乗ってる場合の燃費は4人乗りセダンと大差ないかむしろ高効率ですよ。

究極的にはバスに乗るのが一番なんですが・・・・・・
地方都市では乗客減少と路線縮小の悪循環が起きて
自分と運転手しか乗ってなかったりと言うことがザラです。
鉄道も含めてですが公共交通機関は過疎地では実は非エコなんですよ。

投稿: | 2007年7月27日 (金) 12時50分

mr.kさんに紹介いただいたPSS(製品サービスシステム)について、コメントするのを忘れていたので、あらためて書き込みます。

自由で豊かな生活を考えるときに、物(製品)の所有を基準に捉えるのではなく、物(製品)を自由に利用できるかどうかを基準に捉える。そのために必要なサービスを提供するシステムを整備していくということですね。基本的に賛成です。

「所有する自由と負担」から、「好きなときに好きなサービスを受ける自由と負担」への転換ですが、さらにサービス主体に焦点が移ることによって、提供される製品の質そのものが容易により環境適合性の高い物へと変化していくあるいは誘導していける可能性があると思います。自動車という、大量に使われていながらも人によっては極めて嗜好性の高い物(ここでの議論を見ていてもそのような背景が少なからず感じられるのですが)においては、物(製品)に対するこだわりを、多少とも実用本位(環境適合性成本位)に変えていけるかという点に興味があります(そんなのはつまらないという声も聞こえてきそうですが)。

私も先に少し書き込みましたが、カーシェアリングなどの自動車を中心とした交通システムについては、必要とされる乗り合い人数、用途、距離に合わせた多様な車種でかつ全体としては環境負荷の少ないサービスを提供するようなプランが考えられます。

さらに近未来の都市部では、自動運転システム(いわゆる未来交通システム)を導入することによって、「自動配車システムによって届けられたEVに乗ってカーナビにセットした目的地までの(一般道および高速道路部分を含む)完全自動走行」といった可能性も開けるのではないでしょうか。公共交通とプライベートな乗り物の垣根がなくなるような方向で考えるということです。

とは言ってもすぐ上の方が書き込んでおられるように、過疎地域では現在か未来に関わらず都市部とはかなり異なる状況があるわけですが、、

いずれにしても、以前より地球持続性問題の克服には現在の経済システムからの転換が必要だと感じていたので、タイムリーな話題提供だと思いました。

投稿: 麦麦 | 2007年7月28日 (土) 22時26分

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